【氷上の追憶2021 VOL.2】稲垣 航

工学部/浅野
DF #4 稲垣 航

新年あけましておめでとうございます。
まずはじめに、この四年間お世話になった先輩方、ご支援くださったOBの皆様、保護者の皆様、本当にありがとうございました。
卒部して4年間を振り返った思いを率直に書きました。拙いですが、お付き合いください。

年末年始、追憶を書かなければと風呂の中で何を書こうか悩んでいた。毎日、その日に気分によっても書きたい内容は変わり、結局先延ばし。その中でも変わらず残ったのは、自分が満足する実力に手が届かなかった悔しさだった。

2年の時、試合に出してもらうという恵まれた環境にいたけれど、怪我で氷の外から練習を眺める時間は増え、練習しても他の同期に成長スピードで置いていかれる。全く上手くならないことへの焦りは膨らんでいく。3年になってもそれは変わらない。
さらに、自分の成長に頭を悩ませることに対して、部停という大きな言い訳を手にしてしまった。憧れ・目標・理想は追いかけ続けた1個上、2個上、3個上の先輩の背中。偉大な先輩方と比較して、自分の下手さに絶望するびでみの度に部停だったからしょうがないと自分の弱さといつも格闘していた。

4年になって春大会期間とかもっと心が荒んだ時期があったけれど、それは一旦置いておく。3年まではごちゃごちゃ悩んでいても上手くなろうと練習に打ち込めたからまだ良かったけれど、4年のその時期は上手くなるモチベーションすらも失いかけていた。

それでも続けられたのは、春大会の上智戦の帰り道でれいさんに「部活は今しかできないから」みたいなことを言われて、意識がだいぶ変わったから。その後の何ヶ月かはその言葉をすごく大事に過ごした。
7月のいつぞやの練習から、相変わらずスケートは下手くそだったけれど1-1nで誰にも抜かれなくなって他のことも上手くなり出した時には、2,3年のころの努力が報われた気がしたし、ホッケーをやっていて良かったと思える時期だった。
(でも北大戦ではバチバチにやられました。みんなごめんなさい)

このタイミングで引退できたら、もう少し晴れやかな気持ちで引退できたかもしれない。
けれど、春大会から感じていた嫌な思いは京大戦まで消えなかった。

春大会の時に感じたのは、自分の力では試合の結果に何も影響を与えられないということ。ブルーラインに立っていれば、後輩が点を決めてくれる。練習がどんな雰囲気で進んでいても試合になれば勝ち進んでいく。
試合に出られない人には申し訳ないけれど、これならいっそ実力不足です、メンバーは揃っています、試合に出れませんと言われる方がよっぽどマシだと思った。
秋大会、七帝を迎える時もこの気持ちは解消されない。夏頃、少し上手くなったなあとは思ったけれどやっぱり足りなかった。勝つのも負けるのも自分ごとにはあまり考えられなかった。
日々の練習に向き合うにも、チームではなく自分に焦点を当てることでしかモチベーションを保てなかった。春はそれすら難しかったけれど。

練習や試合で他の部員に色々思うことはあったけれど結局、こんな思いをするのは他の誰でもなく自分の実力不足のせい。
本当に情けないし悔しい引退になってしまったなあと思う。

後輩たちにはそれぞれ、4年生として色々な迷惑をかけたし、知っているところ・知らないところで不満がたくさんあったと思います。(多分、僕は知らないところの方が多いのでしょう)本当に申し訳ないです。
今年は、主将が松井だと思うので全然心配していませんが、みんなで支え合って頑張ってください。

最後に、DFを中心に先輩、後輩、同期みんな優しい人ばかりで一緒にホッケーができて幸せでした。高校は途中で部活を辞めてしまったので、アイスホッケー部の活動をやり通すことで得た日々の達成感も最終的な悔しさも全て大事な僕の財産です。
改めて、僕のホッケー人生に関わってくれた全ての方に感謝を申し上げます。ありがとうございました。