【氷上の追憶2020 VOL.6】市川七彩

東京女子大学 MG #773 市川七彩


明けましておめでとうございます。
日頃より東京大学運動会スケート部アイスホッケー部門をご支援いただいておりますOBの方々、関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。
今年も宜しくお願いいたします。

追憶を書くにあたって、私の人生に大きく影響を与えた”マネージャー”というものについて振り返った。

マネージャーと聞くとどのようなイメージを持つのだろう。
ジャージを着た女の子が、部活を頑張る選手にタオルを渡したり、笑顔で応援したり、そのようなイメージを持っている人が多いのではないか。
私も高校生に上がるまで、マネージャーなんて縁のない、幼い頃に読んでいた少女漫画の中のキラキラとした世界だと思っていた。

そんな私が同級生の勧誘により、高校時代はバスケットボール部のマネージャーをすることなった。
自分がマネージャーに向いているのか非常に悩んだが、ただいるだけのマネージャー、お飾りのマネージャーにはなりたくない、そのような思いから仕事をきちんとおこない選手を支えるという先輩マネージャーの考えに共感し入部を決意した。

マネージャーの仕事は想像しているようなキラキラしたものではなかった。
寒い冬でも手が痛くなるまで雑巾を洗い、汗にまみれた洗濯物を背負って洗濯場まで運んで洗う、誰かのサポートをおこなうことの大変さを知った。周りの支えもあり、最後の試合までマネージャーを続けることができた。

しかし、高校では授業の関係でどうしても週に数回部活に遅れて参加する日があり、完全に部員のサポートをしたと言い難かった。
また、一人の部員に「マネージャーなんていなくても変わらない」と言われたことに言い返すことができず、非常に悔しかった記憶がある。

そのため、大学では最初から最後までサポートしたい、そんな気持ちでマネージャー募集のビラを探した。

新歓でお話したマネージャーの先輩が素敵だったから
マネージャーの仕事内容に魅力を感じたから
初めて観戦したアイスホッケーがかっこよかったから
そんな気持ちでこの部活に入ることを決めた。

この部活に入って、色々な経験をすることが出来た。
マネージャーということに誇りを持って仕事をしていた先輩方の背中を追いかけながら氷上の仕事を覚える楽しさを知れた。
同期がスケートを初めて滑るところから、試合で点を決めるようになるまでほぼ全ての氷上を見ることが出来た。

この部のマネージャーという仕事に大きなやりがいを感じていた。必要とされるため少しずつ努力をしたと思う。

4年生の秋頃、同期で自分だけ部活に参加できない時期があった。
マネージャーがいなくても回る部活を目の当たりにして、やはりマネージャーはいらないのか、と深く考えた。
必要とされるからそこにいるのではなく、自分がやりたいからマネージャーをさせてもらってる。そんな気持ちになって何とかとどまることができた。

そして、1年生の頃からたくさんお世話になった6人の先輩マネージャーのように、また、代は重なっていないのに、優しく接してくださるOGの方々のように、そのような人たちに自分もなりたかった。
自分自身がそう思われる先輩になりたかった。

決意で書いたようなマネージャーにはなれなかったと思う。
しかし、大学生という貴重な時期をほぼ全て部活に費やして得られた経験や思い出、仲間は一生大切にできるものである。

4年間非常に充実した日々を送れた。
4年生の1年間は当初思い描いていたものとは異なってしまったが、このようなコロナ禍で秋大会と双青戦という舞台で活躍する同期を最後に見られたことは本当に幸せなことであったと思う。

今までの思い出を振り返ると、そこには多くの方々の支えがあってできたことだと強く感じます。
合宿先でお世話になった方々、スケートリンクのスタッフの方々、都連の方々、OBOGの方々、先輩、後輩、同期、家族のみんな
本当にありがとうございました。

現役の皆様、OGとして東京大学アイスホッケー部を応援しています。