【氷上の追憶・2025 VOL1】沼田 佳大

 

 

法学部/聖光学院
FW #59 沼田佳大

 

 

お久しぶりです。

元4年FW#59の沼田です。

僕が氷上の追憶2025のトップバッターのようです。

決意の時は大胆に意気込みを書いていくだけだったのでスラスラ書けたのですが、追憶はなかなか書き始めるまでに時間がかかってしまいました。4年間という長い時間をまだ綺麗には消化できていないんだと思います。

上手くまとめて先輩たちのようなカッコいい追憶にしたかったのですが、思うように行きませんでした。拙く長い駄文となってしまいましたが、お時間がある時にお読みいただけますと幸いです。

 


 

1年生。

何が入部の明確なきっかけだったのかは覚えていない。新歓期に配られたビラを家で一枚ずつめくる中、当時のキャプテンの松井さんがゴールパフォーマンスをしているアイスホッケー部の写真が目に焼き付いた。気づくとオリエンテーションの日には、アイスホッケー部のブースで高校の先輩だった木村さんに会いに行き、入部したいと言っていた。

他のサークルや部活の新歓に行くこともなく、2回目の氷上新歓で入部を宣言し、次の氷上練習の時にスケートを買った。スイスイ滑る上級生とは打って変わって、全くもって歩くのもままならない日々が続いていた気がする。入部初日から綺麗な両足ストップを披露する廣川を尻目に、地道にエッジワークを練習していたのが思い出される。

当時は体験する全てのことが新鮮で、ホッケーはもちろんだが、氷上後の車や先輩方と陸トレ後に食べるご飯、釧路に行った夏合宿など、何から何までが楽しかった。ただ、正直、みんなが口を揃えるようなホッケーの魅力にはまだ全く気づけていなかった。まともに滑れないし、シュートはなかなか飛ばないし、下級生試合はパックを追いかけるだけでホッケーですらなかった。

肝心のスケートは、ビビリな自分の性格も相まってなかなか成長しなかった。アウトエッジに乗るために体を倒すことができなくて、夏合宿くらいまでずっと習得できなかった。流石にこのままじゃまずいと思い、夏休みは神宮のフリスケに通い詰めた。縁があって、気づいたらそこでバイトをすることになった。お金ももらえてスケートも練習できるんじゃ天国だと思った。そんなこんなでのめり込んでいくうちに、駒場キャンパスよりも神宮に通った回数の方が多くなってしまっていた気がする。

チームはというと、松井さん率いる史上最強の東大アイスホッケー部は当たり前のように毎試合勝っていた。そりゃこんなに経験者がいたら負けないよな、とも思いつつ、こんなに強いチームでも1部リーグとの入れ替え戦では負けてしまうのかととても驚いた。

 

2年生。

年が明けて、僕ら未経験1年生も上級生練に混ざることになった。スイスイ敵をかわしてシュートを決める澤邉や、1年生の頃からよく教えてくださった木村さんに憧れてDFになった。小池さん、大森さん、中川さんが抜けてDFが少なくなったから、今年から試合に多く出るチャンスがあるとも思った。

だが、思っていた以上に自分は下手くそだった。

基礎的なメニューすらこなせず、練習についていくので精一杯。春にはゴールデンルーキー尾畑がDFとして加入し、試合に出るなんて夢のまた夢だった。

時間だけはたくさんあったので、昼は神宮バイトかフリスケに行き、夜は乗れるビジターならなんでも行く。そんな生活を同期たちと過ごしていた。嗣丈とは特に毎日のように一緒にいた気がする。

たくさん氷上の時間を増やした一年だったが、肝心の実力は伸び悩んだ。今思うと、ただ氷上の時間を確保することが目的となりビジターやフリスケに行くだけで満足していたのだと思う。ビビリな性格は変わらず、敵が迫ってきたら脳死でダンプかチップ、自分でスケートしてキープすることはほとんどない。ウエイトによるフィジカル強化も後回しにしていた。そんなんで劇的な成長は得られるわけもなく、同じポジションでライバル視していた嗣丈とは気付けば大きな差ができていた。

初めは嗣丈と同じような出場機会を与えてもらっていた気もするが、秋大会の駒澤戦での決定的な失点で差は明確になった。木村さん、松本さんの怪我での離脱の穴を埋めるべく起用してもらったが、下手くそだった僕に埋められるはずもなかった。チームに貢献するどころか、1番に足を引っ張っていた。

このままでは来年もまともに試合で活躍できない。ホッケーへの向き合い方を変えなければならない。そんな風に焦っていた矢先、年末の双青戦(OB戦)にて京大のレジェンドOB杉本さんからチェックを受け手首の怪我をした。

双青戦の翌日、本当は延泊して同期とクリスマスパーティーをする予定だったが、痛すぎてそれどころではなく一睡もできずに1人泣きながら始発で東京に帰った。

散々な一年だったなと振り返りながら、気づけば年が明けた。

 

 

3年生。

年明けから4月の初めくらいまでは結局氷上練習に乗れなかった。

ただのヒビだと思っていた怪我は、思った以上に深刻な骨折だった。

初めは練習の見学にも行っていた。だが、1月の中旬に医師から手術が必要なこと、完治するには4ヶ月くらいかかることを告げられた。楽しみにしていた2月のウエスト杯や春合宿はもちろん、春大会にも出れない可能性があると分かり、心は折れた。結局、澤邉や木村さんに相談して、怪我が治るまでは休部することにした。

部活がなくなってみると1人でいる時間が急に増えた。何か他に打ち込めるものを探すか、とか思いもしたが、何も思いつかなかった。

考えれば考えるほど、僕の大学生活にはアイスホッケーしかなかった。

怪我期間、手は使えなくてもスケートはできると思って、みんなが春合宿に行っている間、僕は江戸川のフリスケに通った。苦手だったアウトエッジストップやクロスカットを徹底的に練習した。自分の課題を見つめ直し思考を整理できたという点で、この怪我の期間は結果的に有意義なものになったと思う。

また、引退までに残された時間を深く考えるようになったのもこの頃だった。どんなプレイヤーとして引退したいかを考えた時に頭に浮かんだのは、DFとして守りの要になる姿よりも、走って点をとって活躍するFWとしての姿だった。誰よりもしなやかでありながら力強いスケーティングで、大事な時には絶対に点を決めてくれる、竹本さんみたいなヒーローになりたいと思った。自分のDFとしての限界を感じていたことも否めないが、ポイントでの出場機会を与えてもらいやすいFWとしての方がチームに貢献できる可能性を感じ、結局ポジションを転向した。

復帰した4月から8月くらいまでは狂ったようにビジターに乗った。成城や一橋には毎週のように乗らせていただいた。春大会で同期たちが試合にでて活躍する姿を目の当たりにし、秋大会では少しでも出場機会を得たいと思った。他のことは全て頭の片隅に追いやって、ホッケーに没頭した。2年生の頃とは違い、この時には目標や課題を明確にして取り組めていた。このセメスターで単位をあまり取れなかったのが今になって自分の首を締めているが、やはりこの頃の努力がなければ4年目の自分はいないため後悔はないとしたい。

迎えた夏合宿では、これまでにない成長の手応えを感じた。あの辛口な久保コーチからも褒めてもらえるほどだった。そんなこんなで秋では3セット目のセンターを任せてもらえそうなことになった。やっと試合に出れるチャンスを掴めたと思った。

ただ、現実は甘くなかった。初めて最初から出る公式戦の緊張感は想像以上のもので、悪い意味で本当の実力がでた。釧路の氷でぴょんぴょん飛んでいたクロスオーバーの面影はなく、昭和戦・筑波戦では足を引っ張りまくりだった。チームはなんとかギリギリ勝つことができていたが、案の定次の試合からは4セット目となった。

その後はなかなか出場機会を得られず、氷上練習でもセット練から外れてフリー練になることが多かった。チームは当然のように全勝優勝し不貞腐れそうにもなったが、来年活躍するための基礎を磨くいい機会だと自分に言い聞かせてスケートを黙々と練習した。

神大との入れ替え戦は鮮明に覚えている。それまで通りレギュラーには入れず、4セット目でのポイント起用ではあったが、計5シフト、全部で3分くらいのアイスタイムをもらえた。死ぬ気で走って死ぬ気で守った。ベンチの中にいる時もチームの勝利をひたすら願った。当時の4年生に本気で報われて欲しかった。

でも負けてしまった。

試合後、観客席にお辞儀をするときに実感した。ここまで多くの人に応援してもらっていたのか、こんなにも東大アイスホッケー部の勝利を願ってくれる人がいるのか、と。いただいている声援や支援への漠然とした感謝は、この日から鮮明に日々意識するものとなった。

怪我明けから立ち直れたものの、悔しさの残る一年だった。

 

4年生

ついに執行代になった。今年こそ絶対に試合に出て活躍するんだ、そして1部に絶対昇格するんだ、と固く決意した。それと同時に、主力が抜けた今年、これまで試合にあまり出れていなかった自分が成長しなければチームは勝てないんだと焦っていた。気づけば年末年始もビジターに乗っていた。12月29日も、1月2日も、1月3日も、知り合いなんて1人もいない相模原の社会人ビジターに、ホームページから申し込んで乗らせていただいた。

スケーティングのフォームも1から見直そうとした。コーチで来てくれた竹本さんのスケートを何度も見返して、少しでも近づこうとフリスケにもこれまでと同じく通った。前年からコツコツ続けていたウエイトも形になって現れてきた。3年の休部時からは10キロほど増量していた。

春合宿くらいには成長を実感できるようになってきた。周りからもこの頃くらいから「沼田はフォーム綺麗だよね」と言われることよりも「沼田はスケーティング上手いね」と言ってもらえることのほうが多くなった。この調子で春大会も駆け抜けられる気がしていた。

そんな矢先、執行代は少し揉めていた。きっかけは些細なことだったが、根本の原因はやる気や熱量が共有できていないというものだった気がする。ただ1人でコソコソ頑張るだけじゃチームのためにはならないんだ、自己満でしかないんだ、と思わされた。それ以降、ウエイト記録を毎週ちゃんとスラックで記録する、後輩たちを積極的にフリスケに誘う、最上級生としてこれまで以上に積極的にビジターに乗りアイスタイムを増やす、ということを徹底し、背中で熱意を示そうとした。きっと他の同期たちも、それぞれ思うところがあったと思う。

ここで澤邉と誓が執行代に喝を入れてくれなかったら、春大会は絶対に勝てなかった。

春大会の優勝はそれまでの部活人生で素直に1番に嬉しかった。初めてセットに組み込んでもらえて勝ちとれたタイトルだったからだと思う。上智や駒澤ら経験者の多い強敵たちに対して怯えることなく泥臭くぶつかり、3ピリで走り勝つ。そんな理想としていたホッケーを、全員で意識を共通させて体現できていた。

春大会後のオフ期間や夏合宿でも、これまでと同じく基礎を磨いた。久保さんや釧路の益山さんから直々に、1vs1で敵を抜かす技術を教えていただいたりもした。釧路のいい氷の上で、どんどんスケートの調子が上がっているの感じた覚えがある。

ただ、秋大会は春と同じようにはうまくいかなかった。

獨協と昭和医科以外の3戦は全てPSSでの辛勝。林の神セーブの連続と、経験者たちのPS決定力で奇跡的に全部勝てた。毎回の試合後の控え室で、この勝利で喜んではいけない、こんな得点力じゃ神大に勝てるわけがない、そんな辛口のコメントがコーチ陣から飛んできた。まさにその通りだと思った。数少ない得点も、水野や尾畑、たいせいら後輩たちのものが多く、4年生としての不甲斐なさをつくづく実感した。

迎えた入れ替えリーグは散々な結果だった。神大戦では去年と全く同じようなDZCミスでの失点を繰り返した。格上相手のスピードの中、普段からあまり繋がらないパスは繋がるわけもなく、攻めのチャンスは取りこぼし、7人の相手に対し防戦一方だった。

悔しがる暇もなく駒澤相手にも惨敗した。秋に勝った駒澤は、パック一つ一つに対し貪欲なガッツあるチームに様変わりしていた。技術においても気持ちにおいても完敗だった。

目指していた夢の舞台はあっという間に幕を閉じた。何が悪かったのか。直前に患った左足のヒビは言い訳でしかない。秋大会期間中、奇跡で勝てていたことで目を背けられていた得点力不足という現実を、まざまざと突きつけられただけだった。もちろんビデミやコメントでチームとして振り返り、切り替えて7大戦に向かったつもりだったが、ここでも大事な試合には勝てず3位に終わった。

最後くらい得点を決めて引退しようと思いながらも、結局公式戦での得点は昭和戦の1点だけで、インカレ、双青戦も幕を閉じた。

結果が伴わなければ、どんな努力に対しても悔いが残ると身をもって体感した1年だった。


 

書いてみたら長すぎる日記になってしまいました。すみません。

振り返るとやはり最高の引退の仕方とは言えなかったかなと思います。

 

では、年始に意気揚々と掲げた目標を振り返ります。

 

  1. FWの中で通年最多ポイント数を記録すること
  2. 追憶を書く時、胸を張ってやり切ったと言える一年にすること
  3. ベンチ外のプレイヤー、スタッフを含む全ての部員が、目標に向け一つになれるチーム作りに貢献すること

 

  1. これは見返すのも恥ずかしいです。アイスタイムが増えれば自然とポイントは増えるものかと勘違いしていました。

試合に出るだけでなく、試合にでて得点に絡むことの難しさを本当の意味で実感したのは、秋の駒澤戦で0-0からPS勝ちしたときでした。駒澤も東大も、この試合はお互い何度も得点チャンスがありましたが、両者決め切ることはありませんでした。スロットでの些細なポジショニング、スクリーンのちょっとした位置、リバウンドの出先をどれだけ繊細に意識できるか、そういった少しの差が直接1点として刻まれるんだ、と試合後のビデミのサワベからの言葉で感じさせられました。

スケーティング練習して、ウエイトして、ハンドリング練習して、シュート練習して… 、そんな個々の技術向上ももちろん大事でしたが、パック一つに対する執念や、1試合で数回しか来ないチャンスをものにするための思考力、そういったゲームライクな部分まで毎回の氷上練習で突き詰めなければなりませんでした。益山さん直伝のバックハンドシュートは結局本番で決めることができず悔いが残ります。

 

3.については評価が難しいですが、2.についてはやれることはやり切ったかな、という感想です。勿論、あの時〜しておけばよかった、という思いは絶えませんが、当時の自分が悩み抜いて行動していたことは確かです。壁にぶつかった時は常に自分の決意を読み返して己を奮い立たせていました。チーム全体を引っ張れる技術やリーダーシップが無いなりに、できる限り後輩たちと接点を持とうとフリスケにも沢山行きました。1年生たちも含め沢山の後輩たちと仲を深められて良かったです。そういった日々の努力や交流から、試合に出る者として応援してもらえるに相応しい人格でいようと心がけました。

 

4年目の結果に対する後悔ばかりを書いてしまいましたが、そんな気持ちは吹き飛ばせるくらいに、4年間やり抜いた過程や、アツい仲間たちと共に頑張れたことを心から誇りに思ってます。怪我で沈んでいた経験も、セットに入れずに悩み続けた経験も、なかなか得点できずに焦っていた経験も、全部が自分を成長させてくれたと胸を張って言えます。

昭和戦で僕がゴールを決めた時、みんなが立ち上がって叫んでくれた姿は一生忘れられない思い出ですし、それと同じく江川や宮田、加藤、オカ、原ら後輩たちの初ゴールを喜べた経験も最高の思い出です。筑波戦のたいせいと水野のゴール、北大戦の水田や尾畑、澤邉のゴールなど、他にもアツいゴールは数えきれないほどあります。これらを本気で喜んでみんなと抱き合えたのは、部活にどれだけの大学生活を捧げ奮闘してきたかをお互いに知っているからです。アイスホッケーという競技に4年間打ち込んできてよかったと思える最高の瞬間でした。

 

入れ替え戦で点を決めてチームを救うような「ヒーロー」、勿論なりたかったです。

今思い出しても、きっとどこまでたっても悔しいですが、不思議と心は晴れています。自分なりにチームに貢献しようともがき、やり切ったと言えるからなのかなと思います。

 


 

ここまで読んでいただきありがとうございました。長くなってしまいましたが、残りのページはお世話になった人たちへの感謝とメッセージを記させていただきます。

 

昨年度1年間東京大学アイスホッケー部を応援してくださった関係者の皆様、熱い応援を誠にありがとうございました。莫大な資金で毎年援助してくださるOBの方々、試合の観客席を盛り上げてくださった部員の保護者の方々、仕事や学業で昼夜忙しい合間を縫ってたくさん指導してくださったコーチ陣、春夏の合宿で毎年お世話になった小笠原さんや益山さんを始めとする釧路の方々、何度も東伏見に来てくださり京都での双青戦にまで応援に来てくださった応援部の方々、翌朝に朝練があるのにビジターに何度も来てくださった東洋や法政の選手たちや彼らを呼んでくださったMAXの牛窪さん、下手くそでシャイな自分を快くビジターとして受け入れてくださった他大学の方々、あげれば本当にキリがありません。

 

読んでくださっているかは分かりませんが、

久保さん。

2年間にわたり本当にお世話になりました。社会人として働きながらも、毎週のように深夜の氷上練習に参加し指導してくださる苦労は僕には計り知れません。そんな久保さんの指導を僕は1番に信頼していました。久保さんが僕に厳しくしてくれたのは、それだけ期待してくれているからなのだとわかっていました。

理想としていたプレイヤー像には届きませんでしたが、久保さんがいなければ僕はもっと下手くそな未経験プレイヤーで終わっていたに違いありません。入れ替え戦で勝てず、7大戦でも優勝できなかったことは悔やんでも悔やみきれません。入れ替え戦後の控室、久保さんの涙を直視することはできず胸が押し潰される思いでした。久保さんの指導のもとで、後輩たちが今年と去年の悔しさをバネに成長し、無念を晴らしてくれることを切に願っています。これからも東大アイスホッケー部をお願いします。

 

檀野監督。

4年間本当にお世話になりました。まだ試合で活躍できていない下級生の頃から毎試合温かい言葉で、時に熱く鼓舞してくださりありがとうございました。僕だけでなく他の部員たちも、檀野監督の言葉に支えられてきたと思います。また、個人としては今年1年間は会計として至らない部分もあり、多大なご迷惑をおかけしてしましましたが、どんな時も優しく手を差し伸べてくださり感謝してもしきれません。後輩たちのこともよろしくお願いいたします。

 

松井さんの代。

どんな試合も勝ち続ける最強の東大アイスホッケー部を見せていただきました。松井さんや小池さん、大森さん、岸本さんらはもちろんですが、それ以上に並木さん、藤田さん、中川さんら大学始めのプレイヤーの生き様に学ばせていただきました。史上最強と言われたメンバーの中で、試合に出て活躍するべく努力する背中は漢そのものでした。一年という短い間でしたが、僕の部活人生に深く思い出は刻まれています。ありがとうございました。また、僕は毎年追いマッチの時期に怪我をしているため、皆さんと実はまだちゃんとホッケーをしたことがありません。そのせいか松井さんは僕が一年中怪我し続けているやつだと思っているようです。ぜひ今年の追いマッチ、皆さんで来てください。

 

中村さん、松本さんの代。

お二人にも大変お世話になりました。一見静かなお二人でしたが、その熱い想いは確かに背中から感じ取っていました。松本さんの華麗で安定したバックスケートは、当時DFだった僕のお手本そのものでした。画面録画して何度も見返したのを覚えています。

中村さんとは何時間車での時間を共にしたか数え切れません。基礎的な技術に関することからシステムに関することまで、多くのことを学ばせていただきました。引退された後もコーチとしてたくさん沼田カーに乗ってくださり、その度に下級生の頃が懐かしくなりました。

この年に活躍することはおろか、自分の技術不足で足を引っ張りまくってしまったことが本当に悔しいです。お二人とまたいつかホッケーできるのを楽しみにしています。

 

竹本さん、木村さんたちの代。

本当に沢山の時間を一緒に過ごさせていただきました。ホッケーの指導に関してはもちろん、沢山ご飯にも飲みにも連れてってくださって、悩みがあればすぐに話を聞いてくださる、後輩想いの頼りになる方たちばかりでした。爽やかな人も変わった人も見た目がイカつい人もいるキャラの濃い代でしたが、ホッケーや部活に対する熱い想いはみんな共通して持っていて、安心して背中を追いかけることができました。卒部されてからも沢山試合に来てくださったり、ご飯に連れてってくださったりと本当にありがとうございました。これからも沢山お誘い待ってますし、僕からも沢山誘わせてください。

 

書くか迷いましたが、やはりなかなか今後言える機会もないので部員への言葉も残させてください。

 

1年生。

たいせい ルーキーとしてたくさん活躍してくれて本当にありがとう。お茶目だけどアツい奴で、ほんとに可愛い後輩でした。目指せQuin Hughes、楽しみにしてます。怪我だけは気をつけてな。増田のスケート指導は託しました。

 

りょうたろう 伏見の時は沼田カーで沢山話したね。動画で見た時にいつも思うけど、スケートのフォームもハンドリングのフォームもすごい綺麗だと思います。未経験DFの道は簡単ではないけど、真面目で良い子のりょうたろうならきっと大丈夫です。

 

香取 沢山ご飯もフリスケも誘ってくれてありがとう。変な奴だけど根っこのアチい部分はまじでかっけえと思う。夏以降はまじでメキメキスケートうまくなってた。そのアツさで来年以降チームを盛り上げまくってください。イギリスから帰ってきたらまたサイゼ行きましょう。

 

さくたろう 入部した時から上手くてびっくりしてた。来年以降どんどん上手くなっていく咲太朗を観に行くのが楽しみです。秋の氷上練で顔面にシュートを当ててしまったのは本当に申し訳ない。何度謝ってもやっぱり申し訳ないので、追いマッチでぜひ報復チェックしにきてください。

 

吉井 おっとりしててちょっと心配になる時あるけど、いざ話してみるとめちゃ真面目にゴーリーとしてホッケーに向き合っててかっけえと思わされました。やっぱゴーリーは一味癖のある奴ほど向いてると思う。守護神吉井の成長楽しみにしてます。

 

小坂 新歓で出会った時から最後の最後まで、沢山の時間を共に過ごしてくれてありがとう。どこまで本気かわからないけど、背番号の95が僕由来と言ってくれたのは嬉しかったです。きっと小坂なら伝説の未経験FWになれます。神宮バイトも継承していってくれたら嬉しいです笑。

 

めいちゃん めいちゃんの試合の時の声援はビデオ見返すたびにすごく印象に残っていました。アツい応援で盛り上げてくれてありがとう。色々部活に思うことはあるかもしれないけど、同期たちと仲良くうまくやってくれることを願ってます。

 

増子 1年目からコーチとして迷いなく僕らを指揮してくれてありがとう。年下ながらその指導力に感服させられるばかりでした。間違いなく増子のコーチングも今年の春・秋を優勝できた要因だったと思います。これからも東大アイスホッケー部を頼みます。

 

2年生。

合六 うっすら俺のこと舐めてる気がするけど、そんなとこも可愛い後輩でした笑。沼田カーで話した日々が懐かしいです。持病もあって辛いシーズンだったと思うけど、来年からは持ち前のスケーティングで大活躍してくれると期待してます。

 

宮田 2年生なのに水野と澤邉とセットを組むなんて本当にすごいと思ってた。夏くらいまでは緊張しがちでちょっと心配してたけど、秋大会中に吹っ切れてプレーに迷いがなくなった感じがしてまじで頼もしかったです。香取が入ってきたあたりから部活中の宮田の笑顔が増えたのも嬉しかったです笑。悩み過ぎず、宮田らしく来年以降も頑張ってください。

 

増田 いやあ沢山可愛がったなあ。フリスケは数えきれないくらい一緒に行ったし、飯も数えきれないくらい一緒に食べました。でもインラインは結局1回で終わったね笑。増田のスケートがどんどん上手くなるのを観るのがほんとに楽しかったです。欲を言えば、もっと一緒のセットでプレーしたかった。腰が完治して覚醒した増田のシュートが突き刺さるのを来年ちゃんと見にいきます。

 

加藤 見た目は普通なのに、どんな時もケロっとしてる加藤の鋼のメンタル、尊敬してました。加藤やなぐみたいに、怪我で離脱してしまった後輩たちに少しでも希望を与えたいというのが、僕のホッケーを頑張るモチベの一つでしたが、メンタルが強くて練習熱心な加藤には余計なお世話でしたね笑。双青戦あたりからビジターに行きまくってた成果が出始めてた気がします。今年の成長にも期待大です。

 

りなちゃん 毎度遠くから自分で運転してリンクにきて部活をしてくれて本当にありがとう。自分も実家遠い勢なので気持ちはわかるつもりですが、きっとスタッフの辛さはそれ以上に違いありません。また、2年生ながらも合宿担当という大きなお仕事をこなしてくれて本当にありがとうございました。これからも未熟なプレイヤーたちをまとめるのを何卒お願いします。

 

みゆちゃん ギャルらしく、沢山のアツい言葉で試合を盛り上げてくれてありがとう。4年+みゆちゃんで行ったもんじゃ、沢山話せて楽しかったのを覚えています。ついてきてくれてありがとう。みゆちゃんもリンクが家から遠いのに毎度きてくれて感謝しかありませんでした。これからも無理はしすぎずできるだけ楽しみながら部活を続けてくれるよう、応援しています。

 

3年生。

尾畑 今年も尾畑のDシュートに何度も救われました、本当にありがとう。僕の数少ないアシストのいくつかは、PPでのなんてことないパスを尾畑が決めてくれたものでした笑。下級生の頃から熱い想いを持つ尾畑に触発されて、僕も部活に対しての考え方を何度も見直させられました。尾畑の東大アイスホッケー部への愛がある限り、来年もきっと心配いらないんだろうなと思います。託しました。

 

原 しっかり者の原が副将なので来年は仕事が滞ることはなさそうですね。今年1年間、尾畑と共に主力DFとして活躍してくれてありがとう。原の堂々としたパックキープは安心感があってかっこよかったです。ラストイヤーも尾畑目指して頑張ってください。ちなみに僕はハイキューだと稲荷崎の北さんが好きです。法学部飯今度みんなで行きましょう。

 

水野 たくさん点を決めてくれて本当にありがとう。水野は去年で何回覚醒したのか数えきれません。でも神大戦後の水野の涙を見て、やはり沢山背負わせ過ぎてしまってたんだなと痛感しました。点を決められない4年生で不甲斐なかった。僕の分まで今年も大エースとして沢山点決めてください。会計のことはいつでも気軽に相談してね。

 

涼 高校同期でもあり、部活では後輩でもあり、いろんな意見を交換したね。ビジターとかでたまに涼と同じ車で話す時は、とても落ち着いて考えを整理できる時間でした。ホッケーについても、涼の成長に感化されて俺も頑張らなきゃなって何度も思わされました。ラストイヤー、悔いなく頑張ってください。公式戦初ゴールの報告待ってます。

 

鬼塚 学科遠征や怪我など、思うようにいかなかった年だと思います。ビジターでスケーティング指導させてもらったのが懐かしいです。秋以降、短い期間だけでもスケーティングが上達していたし、飲み込みも早くシステムの理解度も高い鬼塚が覚醒する瞬間はもうすぐそこにきてると確信しています。宣言してくれた守りも攻めもできるセンターになる姿、楽しみにしています。

 

林 林がどんな試合でも淡々とゴールを守ってくれるおかげで今年も勝てました。本当にありがとう。ホッケーとは関係ありませんが、林がコソッと言うボケが好きでした。ツッコミに関しても、部員の適当なボケに素早くツッコんでくれる安心感はゴールを守る姿さながらでした。守護神林の集大成、楽しみにしています。

 

江川 ガキだけどアチい男で、沢山慕ってくれてありがとう。出場機会が得られず悩む姿を昔の自分と重ねていたこともあり、まじで応援してました。でも江川は俺とは違ってここぞという大事な時に点を決めてくれるので、今年はスーパーゴールを見せてくれるだろうと期待しています。腐らず、焦り過ぎず、持ち前のアツさで進み続けてください。飲み行きましょう。

 

日高 淡々としていながらアツい男で、後輩ながらに尊敬してました。静かそうに見えて、話しかけたらニコッと返してくれる感じ、めちゃ嬉しかったです。ビジターやフリスケで腐らずにコツコツ積み重ねた技術は、今年の日高を必ず助けてくれるはずです。新調した白スティックで活躍する姿、ぜひ見せてください。

 

オカ ガキ②、沢山話したなあ。ホッケーのことは勿論、そのほかのことでも沢山話したね。問題児だったオカがもう最上級生として引っ張っているとは、感慨深過ぎます。ガキとは言ったものの、真面目で義理堅くて良いヤツで、時には俺ら4年に喝を入れてくれてありがとう。ラストイヤーも大暴れしてください。バイザー似合っててカッコよかったね。

 

あやかちゃん 3年生で1人のスタッフという難しい立場の中で、去年も1年間続けてくれてありがとう。きっと悩むことも沢山あっただろうけど、後輩たちとも距離の近いあやかちゃんは、今年とはまた別の形で自分らしくスタッフを引っ張っていってくれると思います。陰ながらに応援しています。

 

そして同期。

さわべ 圧倒的な実力で、ここまで僕らを導いてくれて本当にありがとう。1年生の頃から注入された澤邉イズムのおかげで、同期たちは迷いなく進めたと思います。病弱とは言われながらも、今年一年はほぼ風邪なしでやってくれてカッコよすぎです。温和な澤邉しか知らない高校同期たちは、ホッケー中の眼がキマって怒鳴り散らかす澤邉を見たらびっくりするだろうけど、そんな一面もこの部に入ることで知れて良かったです。試験、まじで応援してます。澤邉の試験が終わったら同期みんなでまた集まりましょう。

 

しじょう 今年一年DFのAマークとしてチームを鼓舞してくれてありがとう。アチい思いで下級生の時から部活に励み、その思いを素直に伝えてくれるしじょうがいなければ、今の僕はきっとありません。1,2年生の頃に一緒に通ったビジターやフリスケは僕のホッケー人生の原点です。昔は同じDFでライバルだと思っていたしじょうが、ラストイヤーに体を張って敵を潰す姿は誰よりも僕の心に響きました。その姿はきっと後輩の未経験DFたちにも希望を与えていたと思います。赤門でまたホッケー沢山しましょう。

 

廣川 頭のいい人というのは廣川みたいな人のことを言うんだな、と今年一年で実感しました。同じ時期にホッケーを始めたはずなのに、自らの頭でシステムを消化し、後輩たちにわかりやすく論理的に伝える姿はまじで尊敬してました。プレーに関しても、今年こそ廣川を超えるんだなんて意気込んでましたが、センターをやるたびに廣川の凄さに気付かされました。足元にも及ばなかったです。中高大と学校が同じで、就職先も同じだなんて笑ってしまいます。物件探し、一緒に頑張りましょう。

 

スンミン 異国の地から1人でやってきて不安なことばかりだったろうに、4年間もこの部に捧げてくれて本当にありがとう。その大変さはきっと計り知れないものです。1年生の頃が1番うまかった、なんてよくいじられてますけど、今年一年のスンミンのプレーはエースさながらだったと思います。自信を持ってシュートを決め切る姿はまじでカッコよかった。遠征の時は夜中までずっと喋っててうるせえなと思うこともあったけど、そんな可愛いスンミンとの遠征ももうないのかと思うと寂しいです。これからも仲良くしましょう。

 

水田 最高の友でもあり、最高のライバルだったと勝手に思っています。FWに転向した後、まずはじめに目指したのは水田のようなシステムを理解しちゃんと体現するプレイヤーでした。水田に負けまいと沢山学び、執行代としての1年間も共にビジターやフリスケに通うことで切磋琢磨できました。部活においても、部活外においても、悩みがあれば水田にまず相談していました。またいつかふらふらとドライブしたいです。サカナクションのライブもまた行きましょう。

 

塚原 4年間、一緒に頑張ってきてくれてありがとう。思うところもあっただろうに、最後まで持ち前のガッツで戦い続ける姿には感動させられました。いつかの帰り道で語ってくれた「アイスホッケー無くしたら俺にはなんもねえからなあ」という言葉がとても記憶に残っています。最後の7大戦で塚原が沢山出場し、体を張ってゴールを守る姿は本当にカッコよかったです。京大OB戦でもしっかり点決めちゃってて、流石やなと思いました。これからもちゃんと同期会には顔出してね。

 

誓 最後まで続けてくれて本当にありがとう。スタッフの抱える悩みはどれだけ寄り添っても解決まですることができず、力不足を感じるばかりでした。そんな頼りない僕らとも、最終的には一緒に部活を続ける判断をしてくれて、そして僕らに喝を入れてくれてありがとう。部のために、と常に行動する誓は氷上には乗らずとも間違いなくアイスマンでした。与えてもらった恩はここには書ききれません。これから沢山返させてください。

 

最後に家族。

両親

4年間もの間支え続けてくれて本当にありがとうございました。2人の支えがなければアイスホッケーなんてスポーツは続けていられませんでした。僕が試合に出る時はもちろん、出ずにベンチにいる時も試合を見に来てくれて、東大アイスホッケー部を愛してくれてありがとう。

借りていた車は4年間で沢山擦ってしまいました。4年の途中くらいまではほぼ無傷だったのですが、最後の半年で油断してしまいました。とても申し訳ないです。

これまでの21年間で注いでいただいた愛を、これからの人生でゆっくりと、着実に返させていただきます。本当にありがとうございました。

 

毎試合見にきてくれた親戚のおじさん

息子でもないのに毎試合のように伏見に見にきてくださって本当にありがとうございました。ホッケー経験者のおじさんのアドバイスは、一年生の頃から僕の支えであり続けてくれました。一年生の頃に買ってもらった真っ赤なグローブは今やもうボロボロになってしまいましたが、4年間大切に使わせていただきました。原くんが真似してくれたことで唯一無二ではなくなってしまいましたが、最高のお気に入りです。秋の駒澤戦では祖父母も連れてきてくださって本当に感謝しています。試合に出る姿を見せられて嬉しかったです。

 

以上。

東大アイスホッケー部での4年間が僕の大学生活の全てでした。自分の不甲斐なさに何度も落ち込むことはあっても、アイスホッケーという競技が、そして東大アイスホッケー部というチームが大好きでした。ここで経験したこと糧に、これからの長い人生も精進し、微力ながらも社会に何かしらを還元していけたらなと思います。

 

これからも強くなり続ける東大アイスホッケー部を、引き続き何卒よろしくお願いいたします。

 

それでは。