【氷上の追憶・2025 VOL7】廣川 優真

 

 

経済学部/聖光学院
FW #42  廣川 優真

 

 

こんにちは。

東京大学4年の廣川優真です。

相変わらずの提出期限ぎりぎりで書いています。拙文ですが、付き合いください。

 

追憶の構想を練るにあたって、そもそも「追憶」って何書くものなのか決まっておらずどうしたものかと悩んでいました。そこで、結局最後は、自分が読み返すだろということで、今回は追憶のコンセプトとして、「日記のように、将来の自分が読んで、あんなときこんなこと考えていたんだなって思い返せる」ようなものにしたいと思いました。なので、本当に何もとりつくろわず、自分が一人で書いている日記のように、ただただ思っていたこと、思い出についてつづろうと思います。先輩方や同期達のような、かっこいい文章ではないと思いますが、お付き合いいただければと思います。そして、自分が部活人生で考えていたこと感じたことの垂れ流しが、どっかの誰かに刺さってくれたらいいなと思います。

 

・目次

  • 感謝
  • 思い出・小ネタ
  • 入部理由
  • 公式戦について
  • ホッケーは人生
  • 本気で取り組むこと
  • 執行代で思ったこと
  • 入替戦について
  • 先輩方・後輩へ
  • 同期に対して
  • 総括

 

  • 感謝

アイスホッケーを通じて、たくさんの人に出会うことができました。まず、楽しくかけがえのない時間を一緒に過ごしてくれた、部員の皆さん本当にありがとうございました。そして、久保さん、檀野さんお世話になりました。一つ俯瞰した立場に居ながら、現役部員に寄り添って、チーム運営にかかわっていただき、とても助かりました。プレイヤーだけでは、まとめきれない部分も、お二方のおかげで、まとまりが出て、チームをスムーズに運営できたと思います。OBの皆様方には、感謝してもしきれません。果てしなくお金のかかるアイスホッケーという競技を、4年間とことんできたのは、OBの皆様方の支援あってこそのものでした。本当にありがとうございました。他にも、他大学のプレイヤー、釧路合宿でお世話になったVillaの方々、寒い中応援に来ていただいた応援部の方々、アイスホッケーをやる環境を与えてくれた家庭などいろんな人のかかわりで、自分の4年間があったと思います。本当にお世話になりました。

 

 

  • 思い出・小ネタ

・スぺ語勉強事件

1年生のとき、練習試合の観客席で、試験前だったため、スぺ語の試験勉強をしていた。りかさんにめちゃめちゃ怒られた。本当に反省しています。

・歯ブラシ事件:1年生春合宿で、宿に歯ブラシがないことにブチギレ。大河さんに八つ当たりする。大河さん、八つ当たりされてくれてありがとうございました。

・氷上寝坊

神宮で氷上あるとき、目覚ましの午前午後をかけ間違えて、寝坊。日高を送る予定だったが、間に合わず、自分だけ残り30分で練習参加。日高ごめん。

・「おおたぁ」

WEST杯で、太田の謎プレーに対して、慶さんが飛ばした檄。今でも忘れられない。

・背番号42の理由

誕生日5月3日の53だとつまらないから、1ずつ引いて42とみんなに説明してきたが、もう一つ理由がある。Nathan GerbeというNHL選手がいて、彼は、低身長ながら、NHLの舞台で活躍していた。そんな彼のように、小さくても強くありたいと思って、彼が一時つけていた背番号を付けた。身長気にしすぎているのが恥ずかしく、周りの人にあまり言えなかった。

・ららぽーとマック事件

七帝戦@名古屋で、宿近くのららぽーとの価格が異常すぎて、同期みんなはフードコートに行っているのに、1階のマックでご飯を食べる。

・増田とさしスキー

スキーをした過ぎて、企画。4年間で2度しかない後輩との遊びの一つ。

・遅刻→事故

公式戦で遅刻しそうで焦っている中、駐車場がいっぱいで、行き止まりにさまよいこんだ結果、後方不注意で電柱に激突。

 

  • 入部理由

高校まで、何事にも本気で取り組めたことがなかった。高校の陸上部、高校で少しやっていたギター、受験勉強それらすべてが妥協の塊だった。好きなアニメやスポーツのシーンでは、登場人物や選手が物事に本気で取り組んでいて、時に成功しときに失敗して、本気で心を動かされているシーンを何回も見てきた。そんな人生にあこがれて、運動部に入部しようと思った。高校では、顧問も来ないような部活で、環境もたかが知れていたので、大学運動部は楽しみだった。新歓では、澤邉といくつかの部活を回った記憶がある。ボートヨットなど、面白そうな部活がたくさんある中、決め手となったのは、練習試合の筑波戦。隣に、解説の澤邉とまだ入部していなかった水田を置いて観たこの試合は、リンクに響き渡るパックの音、パック・スケートの速さ、ボードにあたる音、何もかもが新鮮で衝撃的だった。この日が決め手となって、6月末に入部した。この出会いに本当に感謝している。新歓に行く理由をくれた澤邉マジでありがとう。最高のスポーツに出会えたと思っています。

 

  • 公式戦について

部活の終盤で何回かもらしたことはあるのだが、僕は公式戦が嫌い(苦手)だった。普段の練習はこの公式戦で勝つためにやっているのに、なぜなんだろうと自分でも思う。でも、やっぱり、負けたら終わり・失敗したら終わりのプレッシャーを楽しむということが最後までできなかったんだと思う。僕が、部活人生の中で一番楽しかった試合は、3年生の12月の八戸で行われたインカレvs関西大学戦だ。0-18とコテンパンにされた試合だったけれど、終わったときは、謎の高揚感を覚えた。当時の4年生と本気でする最後のアイスホッケーだったのに、そんなことそっちのけで、すっきりしたような気持ちを覚えていたように思う。これはなぜか。理由は、初めて本当のアイスホッケーに出会えて、相手がとんでもない格上だからこそ、着飾らず本当の本気でぶつかることができ開放感を覚えたからだと思う。同様の理由で、4年生のインカレでの立命館大学戦もとても楽しかった。東京での、戦力差の少ない試合では、失敗しないプレーをずっと意識していて、心が後ろ向きになっていたのだと思う。一方、あまり楽しくはなかったけれど、このメンタリティも間違いではなかったとも思う。楽しいからといって、自分の好きなようにプレーしてチームに迷惑をかけるというのはアイスホッケーでは、ご法度である。このように、正解のないバランスをどっちに比重をかけていくべきか考えることは、とても難しい。アイスホッケー部で遭遇した、バランスをとりながら前に進んでいかなきゃいけないような出来事は、本当にいい経験になっている。

 

  • ホッケーは人生

最近、周りにおきる出来事を、アイスホッケーに例えて考えることが多くなった。例えば、試験で出てきた「企業の合併で起きる人間関係の問題は?」という問題に対して、どっかのホッケー部と合同になったらどうなるかなとか考えていたりする。こうやって、アイスホッケー部での出来事を身の回りのことに例えてみると実はうまくいくことがかなり多い。何かについて反省してうまくやろうとするときは、ビデミの要領で考えればいいし、意味わかんないくらい自分よりできる人を見かけたら、「あれは経験者だ」と思えばなんとなく落ち着くし、とっさに出る判断ってむずいよねって思えば、プレーと一緒だとか思うし、こんな感じで、アイスホッケー部での出来事さえあれば、人生大概説明付くなと思う。そんな中で、自分が大切にしたいと思う考え方がある。「ホッケーに正解はない」ということだ。「ホッケー=人生」理論で行くと「人生に正解はない」ということになる。本当に当たり前で新鮮味のないテーマなのだが、ついうっかりこのことを頭から抜かして考えてしまうことは少なくないと思う。なぜ、「ホッケーに正解はない」なんてことをまじめに語るのかというと、それだけ自分が「正解」に取りつかれて、猛進していた時期があるからだ。2年生から3年生にかけて、アイスホッケーの試合をたくさん見るようになり、自分的に納得のいくアイスホッケー観みたいなのができてきていた。それを振りかざして、チームメイトや自分のプレーの批判をたくさんしたし、当時は、それが正しいと信じてやっていた。当時のチームメイトのみんなには、本当に申し訳ないと思っている。そうやって、周りを傷つけて、自分にもプレッシャーを与えつづけていたが、後になってその時期のプレーを見返して毎回思うのは、「この時の自分は何を考えていたんだろう」「人にえらそうに何か言えるほどちゃんとプレーしてないじゃん」ということ。四六時中ホッケーを観ていて、自分の中にホッケーより詳しいものはなかった。そんなホッケーに関してさえも信じていたものが平然とひっくり返った。結局、その時信じていたものは、ただその時信じていたものなだけで、正解でもなんでもなかったのだと気づかされるのである。人生に対してもきっとそうだろう。こんな感じで、この4年間本気でホッケーと向き合って、得られた経験は、人生観を作るのに大いに役立っている。60歳の自分が、この追憶を読んで浅いなって笑っているのが容易に想像できる。

 

  • 本気で取り組むということ

入部理由で書いた通り、本気で何かに打ち込みたくて、この部活に入った。しかしながら、モチベーションとはそう簡単にいくものではなくて、4年間ずっと本気でやるって何なんだと思い続けていた。まずは、練習について。人よりアップに時間をかけて、満を持して臨んでいるのに、いざ氷上にのるときつくなって、サボってしまう。常に全力とまではいかないのは、当然だが、たった週に3時間くらいしかない氷上練習で気を抜いていたら、できるものもできないのは頭の中ではわかる。でも、手を抜いてしまう。かえってビデオを見て反省するのが常だが、永遠に繰り返していた。陸トレも一緒。学年が上がるごとに、怪我も相まって、陸トレで出し切ることができなくなっていた。本気とは、程遠いパフォーマンスだった。次に、日常生活について。食事は適当だった。スマホをいじって夜更かしして、翌日体調すぐれず、パフォーマンスも上がらない。こんなことが日常茶飯事だった。自主トレもそう。ハンドリング練習するべき、ジム行くべき、なのはわかっていても、体が動き出さない。こうして、4年間振り返ってみると、本気でやるって言って入部したやつとは思えない生活をおくってきたと思う。3年生4年生のときは、こんな考えが頭の中をぐるぐるしながらもずっとサボり続けていた。

こうして、考えていると、根本的に本気になるということが、自分には不可能なんじゃないかと思えてくる。実際、そうなんだと思う。結局、「本気になる」ということに関しても、才能・キャパシティーがあって、常に本気なんてのは、思っているだけでできるような代物ではなかったんだと気づかされた。でも、一つ思うのは、本気になろうとすることは、やめちゃいけないんじゃないかなということ。この4年間には、本気になろうとして頑張ったからこそ、得られた経験や人間関係が多かったと思う。今は、一旦それに納得して、これからも本気になろうとし続けていきたいなと思っている。

 

  • 執行代で思ったこと

大学4年まで、人の上に立つという経験がほとんどなく過ごしてきた中で、初めて、組織を動かす側に回るのはとても新鮮な経験だった。4年生が始まってすぐ、どうしたらいいかもわからない中で、ふがいない態度で部活に臨んでいた僕らを戒めるために、3月江戸川で開いた執行代ミーティングは一生忘れないと思います。あの時、誓・澤邉がきちんと僕らに残り1年の覚悟を問いかけてくれてなかったらと思うとぞっとする。誓・澤邉ありがとう。情けない話だけれど、あの時になって初めて、執行代として自分をちゃんと認識できたような気がする。かなりマイペースな気質がある自分にとって、執行代として、部活をまわすこと、全体を見ることは、やっぱり難しかった。意見の相違や自分のこととチームのことの考えるバランスをとること、いろんな答えの出ないような選択をしないといけないようなことも沢山あった。けど、なんだかんだ、みんなで助け合って話し合っていけば、上手くいくんだなって今では思う。そして、ついてきてくれた後輩のみんなもありがとう。まだまだ、人の上に立つには未熟すぎる自分だと思うけれど、今後またこんな機会があったら、この経験を活かしたいと思う。

 

  • 入替戦について

部活人生において、入替戦には特別思い入れがある。勝てたら昇格で大一番だからとかではなく、他人と自分の相違を自覚させられる一番のイベントだったからだ。部活動の4年間で、幸運なことに3回もの入替戦の舞台にかかわることができた。

まず、1年生のときは、立教大学戦。スケートもろくにできない1年生の自分は、観客席で観るしかできなかった。苦しい失点が続く中、後半にかけて東大が盛り返して、本当にあと一歩のところで勝てなかったという印象の試合だった。試合後の控室での先輩方の雰囲気を見て、この舞台が彼らにとってどれだけ大事なものだったかをそこでようやく察した。東京大学アイスホッケー部の一員として、悲しいなどの感情はあまり持てていなかった。当事者意識、仲間に対しての想いが欠如していた。そんな中、自分も、4年生のときに必ずこの舞台に立ってやると思ったように記憶している。

次の入替戦は、3年生のときの神奈川大学戦だった。苦しいながらもなんとか秋大会を勝ち上がって、奇跡的にたどり着いた舞台だった。3年生では、スタメンになれていたので、フル出場した。3セット目のセンターとして、役割を全うできるよう臨んだ。しかし、自分のカバーミスや、チームの細かい詰めの甘さの隙をつかれ、8人程度しかいない相手に敗戦した。ふがいなかった。けど、試合後の感情は案外いつも通りだった。控室で、周りには、学年関係なく泣いているチームメイトも沢山いて、彼らの懸けてきたものをひしひしと感じた。今回は、1年生の時みたいに、試合を見ていたわけではなく、試合にフル出場して、負けた。でも、こんなに試合にかかわっていたのに、木村さんがしゃべっている間も、「この4年生を勝たせられなくて申し訳ないな」くらいにしか思えていなくて、涙が出るとかいうほど気持ちが動くことはかった。こんな時、いつも思うのが、自分はなぜここで感情が動かないんだろうということ。それなりに時間を費やして、試合に勝つための準備もしてきたと思うのに、「いまいち気持ちが入ってなかったのかな」「みんなは悔し泣きするほど全部出してるのに自分はそれだけやり切れてなかったのかな」「どうやったらここで泣けるくらいまで入れ込むことができるんだろう」とか、考えてしまう。自分の部活動に対しての気持ちを否が応でも見つめ直さなければいけなくなる。この日は、先輩に対しての思い、ともにこの舞台を目指してやってきた仲間への思い、アイスホッケーに欠ける感情すべてが未熟で不足していて人間としてのあるべき感情がないんじゃないかなと感じさせられた。

最後の入替戦が、4年生のときの神奈川大学・駒澤大学との試合だった(専修大学戦は敗退が確定していたので、割愛します)。この2試合は、3連休の初日と3日目に行われ、日程面では東大が多少有利になっていた。この2試合の直前にふくらはぎの肉離れを経験し、復帰戦がこの入替戦だった。試合に出られるかあやしいなかで、何とかテーピングぐるぐる巻きながら、試合に間に合うことができた。初戦の神大戦、前半から失点が重なり、終始苦しい展開が続いた。第三ピリオドに審判への暴言(?)でペナルティをとられ、ゲームアウトになったのは置いといて、試合時間がいつもの2部の試合より15分も長いのに一瞬で終わった。結果は、大差での敗戦。正直、自分のプレーが足りてない、チームが敗戦したという喪失感は感じていたものの、4年間目標にしていた試合に何とか出られたことによる安堵が心に来ていた。感情というものは、理性でどうこうなるものでもなくて、すべての試合もちろん勝つ気でやっていて、負けたら当然悔しいと思うのが普通なのに、悔しいという感情で心を満たすことはできなかった。怪我で気落ちが途切れたからなのか、入替戦への思い入れが足らなかったからなのかわからないが、この時も人間が持っているべき普通の感情の欠如を感じた。

二日後、駒澤大学との試合があった。

ここからは、駒澤戦後、帰宅した後、行き場を失った感情をスマホのメモに吐き出したものを原文で載せます。一度は今の言葉で書いてみようとトライしたのですが、メモを見返してみたら、このメモを超えるような文章にはなっていなかったので、見苦しいし、汚いけど、そのまま載せます。

 

 

駒澤に3-7で負けた

昨日神大に1-6で負けて、1B昇格できず、目の前で駒澤に昇格された。

 

試合

9点差をつけての勝利が必要な試合

1P

 

1-2-2でアグレッシブにいって、流れはよかった。今シーズン初めて澤邉と組んで得点できるよう頑張った。いいシーンは、あってもう少しで入りそうな局面がおおすぎた。DZCの崩れから失点して、0-1で終了

 

2P

 

みんなあきらめてなかった。流れはよかったから。96のシュートで立て続けに失点した。PPでも失点してきつすぎた。ふくらはぎの肉離れのせいで、合流が遅れて、PPに出れず悔しかった。澤邉のシュートで食らいつくけど、1-4で終了。

 

3P

9点差はつけられない。勝ちに行く。逆転する。そうやって挑んだ。でも先に5点目を取られた。毎度の96のBreakaway。やられ過ぎた。必死にプレーしたけど、及ばなかった。ここぞというときに足も動かなかった。情けない。怪我しなければと思ってしまう…つらい

けど、水野とかたいせいが点を取って一矢報いた。でも負けた。

 

試合後

 

久保さんが真っ先に泣いてた。正直驚いた。俺は1ミリも泣きそうではなかった。原も尾畑もたいせいも試合に出た後輩がみんな泣いてた。けど、泣けなかった。やりきれてなかった。これが一番悔しい。最後に負け試合でいつもやってる、スコアボードを眺めて退場。専修戦あるのに、伏見最後だと思ってた。ロッカールーム帰ったら増子が泣いてた。水野も泣いてた。たいせいは隣でタオルかぶって泣いてた。でも、涙は出てこなかった。唇をかんだ。言葉に表せない気持ちだった。試合は負けたけど楽しかったけど負けた。みんな悔しがってるのに、俺はそんなでもなかった。それが、気持ちをふわふわさせてた。悔しがるべきなのに悔しがれない。つらかった。

その後、コーチから一言ずつ。増子は泣いてしゃべれなかった。なおきさんは、しゃべり始めて泣き始めた。うまくしゃべれてなかった。実力不足だったって。去年と一緒だって…本当にそうだった、このときになって始めて去年の光景を思い出した。こうなるってわかってたのに、準備が足りなかった覚悟が足りなかったそう思った。

次に檀野さんが話してくれた。下向くな。お前らは頑張った。そういってくれた。3pまで走りきったと。本当に自分ではそう思えてないのに、やりきれていないのに、認めてもらえて、心が救われたような気がした。甘えているけれど、きつくて、いつもセーブかけてる心が決壊した。みんな本気で勝とうと挑んで負けて泣いて、こんなみんなとホッケーできてたことが今までで一番心に染みた。最高の仲間と最高の時間を共有できてたことに今気付いた。遅かった。仲間のためにもっとできることはあった。仲間が泣かないためにできることがあった。怪我をした、復帰が怪しくなってきつかった、大事な時期に一瞬ホッケーから離れた。怠けた。ビジターに行けなかった。ジムにも行けてなかった。小さいことの積み重ねでもっと変われたはずだった。でももう遅い。終わっていた。

次に、久保さんの番。泣いてうまくしゃべれてなかった。思ってもみなかったことをしゃべってた。「みんなを勝たせられなかったのは俺の実力不足、これにつきます。二回もチャンスをもらって、一年間この2日のためにやってきたつもりだったけど、自分が足りなくて負けた」と。そんなことを、言わせてしまった…久保さんのせいな訳がない。何を言っているのかと思った。なぜ久保さんがそう思わなきゃいけなかったのか。今日一番悔しい瞬間だった。こんな最高のコーチはいない。久保さんがコーチでよかった。勝たせられなかったことが死ぬほど死ぬほど悔しかった。社会人やりながら深夜氷上なんて普通無理。なのに来てくれて、教えてくれて、怒ってくれて、楽しませてくれた。なんで、久保さんが泣かなきゃいけないんだ。そう思った。

ここ10年くらいで初めて、本当の涙をこぼした。溢れてきた。情けなかった悔しかった。ユニフォームで涙を何回か拭いたのに、またこぼれてきた。前が向けなかった。コンタクトが外れた。視界がぼやけた。自分にこんな感情があることを知らなかった。ほっとした。澤邉が話した。なに言ってるかもう覚えてないし聞こえてたけど、頭が追い付いてなかった。

去年負けたときはこんな気持ちにならなかったし、ひとつ上の代を勝たせられなかった悔しさだけ残してすぐ前を向けた。今回は違かった。次はない。ホッケー人生は続く。でも、昇格の可能性はもう無い。終わった。最後だった。

この全てを七帝に向けるしかない。絶対勝つしかない。やること全てやって七帝に挑みたい。

最後に、この舞台に立てて本当によかった。怪我で3週間練習もできないなかでもなんとか間に合った。この経験をすることができた。ホッケーの神様ありがとう。ホッケーを愛してます。東大アイスホッケー部を愛してます。

 

以上が、自分視点での駒澤戦でした。こんなにも感情が動いたのは、ここ10年以上はなかった。何度も言うけれど、この経験ができてよかった。ろくに人間の感情を持てない自分が少し人間になれた気がした。入替戦に出られてよかったと心から思う。

 

 

 

  • 先輩方・後輩へ

 

・三つ上の先輩方

人間的な未熟な自分を受け入れてくださり、ありがとうございました。遅刻はするわ、練習試合中に試験勉強するわ、そのくせ、氷上ではなんか変にやる気あるわっていう、とっつきにくい後輩だったかなあと思います。皆さんが、作り上げたチームは本当に「常勝軍団」のイメージが強かったです。そんなチームで1年生を経験できたからこそ、東大としてのプライドが持てたと思いますし、勝つためのホッケーを目指した皆さんの下で過ごせたことが、4年間のホッケー人生の礎になったと思います。ありがとうございました。

 

・二つ上の先輩方

お二方には、大変お世話になりました。特に、中村さんは、1年生の頃、かなりのロスがあるにも関わらず送迎していただき、ありがとうございました。そして、2年生で全然未熟で大したプレーもできていなかった自分を試合に使ってくれたことにも、感謝しています。多くの経験を積むことができた実りある1年でした。ありがとうございました。

 

・一つ上の代の方々

皆さんは、本当に尊敬してやまないです。全員でバランスが取れていて最高の代だったと思います。ホッケーに対して、全員とてつもない熱量をもっていて、本当にいい刺激を受けました。なおきさんは余裕で超える予定だったんですが、間宮さん川口さんすら超えられず、悔しい限りです。皆さんと3年間過ごせて本当に良かったです。ありがとうございました。

 

・一つ下の後輩たち

果てしなく個性的で、みんなのやるホッケーはいつもみていてワクワクします。後輩のみんなには共通して言えることだけれど、プレーに対して、文句言いまくって申し訳なかった。みんなは楽しくのびのびホッケーをしていい結果を出してほしいと思います。ラストイヤー頑張れ。

 

・二つ下の後輩たち

いいメンツがそろっていると勝手に思っています。プレイヤーは、まじめでぐんぐんと成長していて頼もしかったし、スタッフは、いつも元気でどうやったらそんなずっと楽しそうにしていられるんだろうって不思議に思ってました。これから上級生として、大変なことも沢山あると思うけれど、頑張って。

 

・三つ下の後輩たち

たいせい、ますこのもと、急速に強化が進んでいるみんなのこの先の活躍が本当に楽しみでならないです。3年もこの先があるのが、うらやましい限り。全力で楽しんで!

 

  • 同期へ

・水田

水田とは、この4年間同期の中で1番しゃべったと思う。実は、新歓で最初顔合わせたときを覚えていて、やたら元気なやつだなと感じて、こいつとは合わなそうとか思ってました。今では、自分の思考盗聴されるんじゃないかと思うくらい自分のことを理解していることに驚かされることも多くて、水田と同じ車でよかったと心から思ってる。帰りの車で二人きりの時に、たわいもないなんか深そうな話をする時間がとても好きだった。今後も、水田とそんな適当な話をする時間がたくさんあったらいいなと思ってます。

 

・スンミン

言語も文化も違う国なのに、スンミンの周りには常に人がいて、本当にすごいなと思ってた。少しくらいそのコミュ力分けてください。お願いします。

同じフォワードとして、いろいろ文句言ったり、勝手にライバル視したりしたこともあったけど、自分とは少し違うタイプのスンミンがいたから、気づかされたことも沢山あったし、なんだかんだ言って、スンミン水田とやってたときが一番素の自分でホッケーしてたなって思う。

 

・つかこ

お前はすごい。面白すぎる。頼むからそのままでいてくれ。合宿でゼリーを正当に強奪したり、決してわざとじゃないけど濡れたタオルを布団の上に干してしまって文句言われたり、本当に迷惑しかかけてないと思う。申し訳ない。塚原がいてくれて、なんとかこの代の面白さが何とか担保されてたと思う。就活頑張って。

 

・澤邉

アイスホッケーに出会わせてくれてありがとう。3年秋には澤邉を超えてるはずだったんだけど、全く足元にも及ばず悔しい限り。京都の帰りでも言ったけれど、澤邉の物事に対するバランス感覚は尊敬してる。主将という立場で、言わなきゃいけないこと、言っちゃいけないこととかいつも考えて言葉を発してるんだなって思うことが多かった。まあ、今後もよろしくたのんます。

 

・沼田

4年間マジでお疲れ様。その体でよくがんばった。自分もケガをたくさんしたから、長期離脱の苦しさが少しはわかるけれど、本当に最後までよくやったと思う。尊敬してやまない。さしで1泊細尾に行ったり、免許合宿行ったり、あんま馬は合わないはずなんだけど、さしでなんかすることがたまにあって、そのたびに、俺とマジで違っておもろいなっておもってた。なんか、中高大社会人とまた一緒になるらしいから、今後も助け合っていきましょ。

 

・しじょー

しじょうは、いつも冷静に考えようとしているのが印象的だった。突っ走りタイプの僕とたまにぶつかるようなこともあって、そういうのを後から思い出すと大体僕の突っ走りすぎが悪いし、いつも安定しててすげえなって思ってた。そうやって、冷静なシーンも多いのに、感情もちゃんと出してて、そこのバランス感がいいから、みんなに好かれてるんだなと思ってる。これ以上は留年しないように。

 

・誓

3年間本当にお世話になりました。ぐうたらな自分たちを、陰でずーっと支えてもらって、誓には感謝してもしきれません。たくさん迷惑かけて申し訳なかった。最初の方は、僕が人見知りを発して、しゃべることも少なかったと思うけど、車で一緒になることが増えて、たくさん話せて楽しかった。

 

・宇佐美、太田、きみこ、なごみ

みんなも僕らの代の一員で、みんなにとって、この部活の思い出がどういうものとなっているかは知らないけれど、関わってよかったなっていう風に少しでも思ってくれていたらうれしいなと思います。僕らが奇跡的に秋大会負けずに入替戦に行けて、そこに4人とも観に来てくれて、4年生の最終盤に僕らの代全員そろって東伏見のリンクに1日いたってのはなんとなく感慨深いなと思ってます。一緒の時間を過ごせてよかった。

 

9.総括

とりとめもなく、だらだらといろんなことを書いてきたが、正直全く書き足りない。そんな、数えきれないほどたくさんの思い出をくれたこの部活と出会えて本当に幸せです。かけがえのない4年間でした。ありがとうございました。

 

令和8年卒 廣川 優真