
法学部/聖光学院
FW #34 澤邉 祐志
実は、加藤がリマインドをくれた12月19日からこつこつと書いたり消したりを繰り返してきたのですが、とんでもない量になってしまいました。みんなの追憶を読んで、改めて振り返ってみると、忘れていることも多いなと当たり前ながら感じますが、今の自分が書きたいことを書こうかなと思います。頑張って読んでみてください。
僕がアイスホッケーを始めたのは、アメリカに引っ越した小3の冬だった。日本人の知り合いがやっていたからという理由で、雪の降る中、半分屋外のリンクで初めて防具を着て滑った。コーンを頼りに、よちよち歩くだけだったと思うけど、あの頃に味わった爽快感と楽しさは今でも覚えている。最初は、何歳も下のちびっ子たちに混ざってやっていた。当時から対人が大好きで、ロクに滑れないのにゲームで点を決めるたびにドヤ顔をする動画がどこかにあるはず。週末の凍えるような朝、防具を来て車に乗り、しそわかめのおにぎりを食べながら練習に向かうのがなによりも楽しかった。
地元のチームは秋から春にかけてがシーズンだったが、熱心な親のおかげで夏の間も氷に乗り、いつの間にか四六時中アイスホッケーをやる生活になっていた。他にも色々なスポーツをやらせてもらったけど、強く自分からやりたいと言ったのはアイスホッケーだけだったと思う。特に中学受験後は、平日は練習、週末は試合や大会で埋め尽くされていた気がする。学校ではぼっちだったけど、アイスホッケーの友達はたくさんいて、最高の幼少期を送らせてもらっていた。
中2で日本に帰ってきてから、アイスホッケーへの熱は控えめになっていった。アメリカとは違い氷に乗れるのは週2程度で、アイスホッケーとの接点がぐんと減った。親や当時の監督、保護者の方々、チームメイト、その他色々な人のおかげで、日本でできる限りのことはやらせてもらっていた。楽しい思い出もたくさんある。でも、恵まれ過ぎていたあの頃と比べると、どうにも熱が入りきらなくて、燻っていたと思う。
高校に入る頃から、部活をしている同級生たちが羨ましいなと思い始めた。僕は体育祭も文化祭もその楽しさがみんなのようには理解できなかったけど、部活で何かを仲間と頑張るっていうのはやってみたかった。コロナ禍ではハイキューを何周も見て、青春に憧れていた。この頃はアイスホッケーをどんな気持ちでやっていたのだろう。全力で頑張っていた感じはしない。
大学に受かってから何をやろうかと考えるとき、部活に入ることだけは確定事項だった。ボート部が魅力的に見えていたっていうのも一時期は本当で、テント列に行ったときのアイスホッケーへの興味は「ちゃんとやってるのかな」くらいだったと思う(ごめんなさい)。練習に行ってみると、そこには僕の全く知らない大学アイスホッケーの世界が広がっていた。新歓氷上の待ち時間、竹本さんが食い気味にシュートの打ち方を聞いてきてびっくりした。
この頃のことではっきりと記憶にあるのは、久々にやるアイスホッケーが楽しかったことと、他の新入生が入部するまで待ってみようと思っていたことだ。幸い、沼田とスンミンはもう入部していて、しじょうは新歓をすっぽかしたけど入って、水田はアメフトに行くかなという予想を裏切って来てくれた。廣川は僕が勧誘したつもりでいる。塚原は千葉での練習試合のときに会った。スクワットをしていた。きみこ、なごみは夏合宿前にようやく入部を決断して、秋になると宇佐美とか太田とかいうやつらがやってきて、2年には誓が新歓にやってきた。その後も色々あったけど、みんな入部してくれてありがとう。
僕は、いつもニコニコしながら深夜練に送ってくれていた木村さんに、5月頭の25:45伏見へ終電で行かされたとき、そろそろ決めないとまずいなと思って入部した。

大学でやるホッケーは予想以上に楽しかった。アイスホッケーをやる仲間がこんなにもいることも、目標に向けて頑張るのも、日が出るころに家に帰って寝るのも、全てが新鮮だった。1部Aで通用するくらいにはなってやる!という思惑のもと、朝練や筋トレも頑張っていた。途中からやけに体調を崩すようになってやめちゃったけどね。同期にも上手くなってもらわないと困るから、フリスケ指導をやろうともしていたけど、みんな勝手に上達していった気がする。
夏合宿は、ホッケー漬けの日々を満喫した。めちゃくちゃ楽しかった。ちゃんと完走したこの頃の自分、えらいです。
1年のころはずっと並木カーにお世話になっていた。長い道のりを、何も辛い顔も見せず運転してくれていたのだなあ、と今になって思う。並木さん、本当にお世話になりました。一緒に乗っていた塚原は当時から変なやつで、ラーメン二郎のニンニク臭さを車内に充満させたときは、ぼこぼこにしてやろうと思った。
ちょくちょくお邪魔していた木村カーでは、聖光先輩メンツがイケイケトークをしていて、絶対バカにされるけど大学生っぽくてちょっと憧れていた。気を遣ってくれながらも輪に入れてくれて、めっちゃ嬉しかった。金森さんが最初から怖かったわけでは別にないけど、この人めっちゃ面白いなと思ったのは川でみんなとカレーうどんを食べながらだった。
いわゆる「経験者」で2セット組めてしまったこの年でも、2部相手に勝ち切ることに苦戦していた。今思えば贅沢極まりなかったと思う。入れ替え戦は、点の決まるビジョンが見えず、久保さん率いる立教相手に惨敗した。3対1なのに1人でキーパーを巻きに行く松井さんはエゴイストだったが、2対1を不意にした僕は何も言えない。最後の9分をペナルティボックスで過ごしたのはとても苦い思い出だ。
松井さんはもちろん全てを俯瞰しているような存在感をオンアイス、オフアイス問わず発揮していたが、その他の先輩たちも器が果てしなく大きかった。小池さん、大森さん、岸本さんらにはオフアイスでも色々と可愛がってもらったし、ホッケーでも、おかげさまで何ひとつ気にすることなく自由にプレーできた。並木さん、上中さん、藤田さん、中川さんは、ぽっと出の1年があれこれ言っても、大人の対応で受け入れてくれていた。りかさん、ゆまさんもめちゃくちゃ優しかった。同期は素行が悪かったのでちょくちょく怒られていたらしいけど。

偉大な4年が引退し、2年目が始まった。1月は、体調不良で丸々と部活を休んだ。我ながらびっくり。
春合宿は、初めて同期たちが合流してきた練習だった。人数は少なかったが、僕たちでホッケーを作っていくんだ!と意気込んでいた覚えがある。この頃のみんなのホッケーを見るととてもかわいい。廣川のPSの全盛期はここでした。どんまい。
自分で運転するようになってから、木村カーから蹴り出された間宮さんを乗せて、さわべカー(あだ名「てんとう虫」)が爆誕した。人生の師匠まみけんパイセンには色々教わった。たぶん2割くらいは良くないことも。調子に乗ってごたごた話すところを全部聞いてくれるので、色々相談しまくっていた。僕が最後まで全力で暴れてしまったのも、「勝利に向かって突き進め!!」というまみけんからの後押しのせいに違いない。ありがとうございます。
2年は、部活への影響力も出てきたころだった。周りを伸ばすために何が必要か。インスタ(通称「ホッケーラボ」)を使って発信しようとするものの、後輩たちにビビられ、先輩たちにも何も言わせない雰囲気になってしまっていた気がする。体調不良で休んだ練習試合なのにもかかわらず、みんなのプレーをぼろくそに言う投稿を平気でしていた自分の度胸を讃えたい。あまりにもひどいのは後からアーカイブしたね。その他にも、中村さんにはたくさん迷惑をかけたと思う。僕が当時の主将だったら何回かキレていたに違いない。
春、秋大会は悔しい戦績だった。この頃の僕は「フォワードなんて点を決めて当たり前」「やることやってれば点なんて勝手に入るもんでしょ」という思想だった気がする。活躍してたのに全然褒めなくてごめんよ、すんみん。名古屋での七大戦は、相変わらずホッケー漬けで楽しかったものの、「これでいいのか?」という問いが僕自身に突きつけられた気持ちがしていた。普通のホッケーとは。僕たちは何をしたいのか。同期と朝まで話した後のレセプションはとんでもなく眠かったし、九大の横山さんにぐわっと来られてびっくりした覚えがある。
中村さん、松本さんには、最後まで生意気でかわいげのない後輩だったと思う。2人で部を支えることの大変さは、執行代になって初めて想像することができた。ストイックな2人で、大きな存在だった。松本さんが引退してから、アップのメニューをこなすのにだいぶ手こずった覚えがある。

年が明けてからしばらくは、みんな色々と変えようと足掻いていた時期だった。コーチに久保さんを迎えたのは本当に大きかった。メニューが分かってない塚原にぶちぎれてる久保さんを見て、ちゃんと怒ってくれるコーチは大事だなとしみじみと思った。久保さんがすぐに部に馴染んで、僕は怖い役から脱却するはずだった。おかしいなあ。
3年春合宿は、旅行の疲れが溜まったなか、オフの焼肉で胃をやられ、最後の湖陵戦は熱でぼーっとしながら臨んだ。スンミン、涼には迷惑をかけたね、ごめんなさい。2人とも優しかったです。帰りの飛行機が欠航したときはまるで悪夢のようで、ヴィラに延泊させてもらえなかったら路頭に迷っていたに違いない。次の日までは周りをシャットアウトして、部屋にこもってずっと Mission Impossible を見ていた。トムクルーズのバイタリティがほしい。
春大会は、進歩するチームのおかげで危なげなく優勝したが、試合ごとに激しく調子が変わる自分が嫌だった。自分のプレーが定まらず、攻めと守りの割合を見失っている中、チームの大黒柱となる竹本さんが眩しかった。Dとしてもっと色々できるんじゃないかと、試行錯誤の日々だったなあ。部活以外の現実も一気に押し寄せていた気がする。「僕たちはアイスホッケーをやるために大学に入ったんじゃない」と誰かが昔言っていた言葉が、ぐるぐると頭の中を回っていた覚えがある。3年っていうのはそういう時期なのかもしれない。
楽しい夏合宿は、膝の靭帯損傷で早期離脱。膝がおじいさん並みに悪いしじょうと一緒に病院に行ったり寿司を食べた。合宿直後、初めてスーツを着て外から見る昭和戦は本当にひやひやした。僕がいないとだめなのかあ、と言う機会はなくてちょっとだけ残念だったけど。僕のプレースタイルはその後もあまり変わらず、猪突猛進だったが、復帰の駒澤戦は本当に楽しかった。
その後も接戦は続いた。獨協戦は試合中、負けるかもしれないという思いが頭をよぎったし、上智戦は負けを確信した。奇跡のまみけんゴールの後、PSを見ている最中、全てが夢のようにぼーっとして見えた。みんな「間宮さんはもってる」っていうけれど、あのゴールはまみけんにとっては奇跡でなく、それまでの数え切れない全力信頼ダッシュが実を結んだだけなのだと訴えたい。
入れ替え戦は、気がついたら終わっていた。しばらくは整理のしようがない気持ち?虚脱感?が込み上げてきていたが、廣川と行った Imagine Dragons のライブで浄化されてきた。In Your Corner、最高です。
七大戦は、北大に負けた。いつの間にか竹本さんに預けるホッケーになってしまっていたことにこの後ようやく気づいた。入れ替え戦もそうだったのだろう。それが一番悔しかった。
竹本さん、尚紀さん、金森さんは、同期と同じくらい氷上でプレーした戦友だった。僕のめんどい要求にも期待以上に応えてくれて、頼ることができて、この頃のホッケーがたまに懐かしくなる。木村さんには、この年のインカレ関大戦で「お前が声出さなきゃ誰が出すんだ」と言ってもらった。おかげさまで4年の間はずっと喉が痛かった。最後の最後まで成長し続けていた川口さん、間宮さんはまさに Now or Never の体現者だと思う。増澤さんは終始掴め切れなかったが、最後までホッケーを一緒に楽しめて嬉しかった。たいがさんの北大戦での信頼感はすごくて、敵エース奥村との1対1は、シュートを任せっきりにしていた。どんなプレーをしても僕のことを褒めてくれる慶さん、のほほんとしているけどたまにズバッと核心を突いてくるのり子さん、2人とも部を明るくしてくれる存在だった。
全員頼もしすぎて、先輩の引退後しばらくは、もうちょっといてよと思っていた。

4年の1月で決心していたことは、東大のアイスホッケーを愛することだけだった。ぶっちゃけ主将なんて大役務まる気がしなかったし、言い訳や弱音を吐いちゃうだろうなと思っていて、実際その通りだった。そんなときでもちゃんと部員みんなとは向き合い続けて、そして自分で再び熱を取り戻せるように、原点をリマインドするためという超絶利己的な目的で誓いを立てた。部のことで僕にできないことは同期にフル投げするつもりだったね。実際そうしたと思う。
年明けの部員総会を体調不良で欠席して、見事に出鼻をくじかれつつ始まったラストイヤーのホッケーは、新しいことだらけでめちゃくちゃ楽しかった。伸び悩んでいて苦しいこともあったアイスホッケーが、またキラキラし始めた。基礎練をやるたびに新しい発見があって、スケーティングはこの時期にやっと伸びた実感がしたかな。センターへの転向も最高で、こんなにもホッケーの見え方が変わるのかとびっくりした。DFはとんでもなく上手じゃなきゃ異質であることが許されないし、うまいFWがいてこそ真価が発揮されると思うけど、FWはわりと自由に道を切り開いていける気がする。その代わりに点を決めなきゃだめだけどね。
この年の陸トレは地獄のようだった。我ながらよく一回も吐かなかったと思う。足は何度か攣ったけど。終わりが見えないタバタと往復ダッシュの絶望は忘れない。一際つらい回で、「お前は誰より走らなきゃいけないんだよ」と廣川が言ってきた。乾いた笑いしか出なかったけど、彼は毎回ちゃんとやり切るので、足がぷるぷるしようが続けるしかなかった。最高の激励をありがとう。1年間もがき続けたら、最後のほうには意外と楽しくなっている自分がいて、2部以下のバトルはとりあえず走ってれば3Pで勝てるなという自信がついた。個人的には代々木公園での陸トレ回が非常にツボです。怪しい集団すぎたね。
さわべカーは、3年の間は宮田や合六、その他色々な人を乗せたが、まみけん引退後は1年が入るまでしばらくひとり運転が多かった。NHLのラジオを聞きつつ江戸川へ向かう日々はだいぶさみしかったけど、新たに迎え入れた香取と吉井との爆笑の日々にすぐ塗り替えられた。僕が色々と参っててだんまりこいているときも、慕ってくれて嬉しかったな。2人には僕のホッケー愛をこれでもかというほど教え込んだので、近い未来、東大アイスホッケー部を牽引してくれることでしょう。
最後の春大会が始まったが、点を決めるのが仕事であるFWとして臨む初めての公式戦だった。3部相手でさえ勝てるか危うい僕らは、2部相手にやっていけるのか。アンダードッグ上等の精神で勝ち切った上智戦は、今でも動画を見返すと気持ちいい。ヘルメットが汗で曇りすぎて、試合中迷子になったのも初体験だった。決勝は駒澤相手になんとか逃げ切った。春が終わって、初めて秋以降のことを明確に意識することができたが、課題は山積みで、久保さんと「このままじゃ秋は勝てない」と話したのも覚えている。危機感はあったんだよね。
僕は公式戦の後にご飯に行くのが大好きで、この年は公式戦さわべカーのちかい(と途中から吉井)と、廣川カーや他の人たちを誘って毎回行っていた。3年までは試合後だし、たくさん食べちゃう、って心配してたけど、4年のときはそんな体力は残っていなかったね。たくさん勝てて、たくさんご飯に行けてよかった。

夏合宿もなんとか完走し、チームとして一体感を感じていた(みんなもきっとそうだよね)。春大会で決定力を使い切ってしまったのか、秋大会はひやひやする試合ばかりだったけど、粘り勝ち続けた。僕としては、勝たせてもらったなと思うゲームばかりだった。駒澤戦では何回PSやったっけ。あれだけチャンスをくれたチーム(特に林)には感謝しかない。この頃は同期はもうぼろぼろで、廣川は松葉杖だし、しじょうは膝をつくことができないし、シュートブロックで足を骨折するやつもいた。本当にごめんなさい、沼田。僕を健康でいさせてくれてありがとう、ホッケーの神様とえっちゃん。
入れ替え戦。奇跡を起こしきれなかった。
七大戦。阪大戦、北大戦。何も変えられないまま負けた。
ぱっとしないインカレ立命戦を終えて、京大戦では後輩たちに盛大に送り出せてもらえた。
泣きすぎたね。
入れ替え戦の神大戦は、去年と同じ轍を踏んだ。気がついたら0-3で、あれだけ練習した守備は崩れていった。オフサイド、反則、リバウンド。全てが僕らに味方しないように思えてた。自分のセットで何かしなきゃいけないのは火を見るより明らかで、でも自分に全く余裕はなくて。ひたすらパックを回収して水野に繋いで、「何かして」と叫んでいた。キャプテンとは思えない姿だったことに、試合が終わって泣きじゃくってる水野を見てから気づいた。やらかしたなあ。ホッケーで悔しいことを理由に泣いたことは今までなかったが、涙が出てきた。
次戦は、9点差という絶望的な点差をひっくり返さなきゃ、とチーム全体の雰囲気がどこかふわっとしていた気がする。専修戦も含めたこの2試合は、行きの車から余裕がなくて、終始だんまりこくってた(ちかいと吉井、ごめんよ)。アップ中もワイワイしているみんなと裏腹に、僕の頭には「点決めなきゃ」という思考しかなかった。火力だけが取り柄のウィングだったけど、駒澤の決死の守備を崩すことはとうとう叶わない。何回PPで決められるんだよって笑っちゃうね、こっちのPPは全然決められないのに。まあそれも練習通りといえばそうかもしれない。廣川くん、この試合で僕は決めてません。
専修戦の1Pは個人的には過去一冴えてたと思う(やっぱりちょっとブチギレているほうが調子がいいのかもしれない)けど、4年間をかけて待ち望んだ格上からの一点は取れなかった。ちかいに転けてるシーン集を作られるくらいぼろぼろだった。最後の2分くらいはチェックされすぎててまじで面白い。
阪大戦は、動きの固いチームを勇気づけれないで、自分のミスで失点もするし、相手の勢いを変えることはできなかった。久々に攻守のバランスを見失う感覚を味わった。絶対勝つぞ、という気迫よりも、自分がこうしたい、というエゴが顔を出してしまっていた気がする。そんなんじゃ勝てません。
浮き足立ったまま時間が過ぎ去っていった北大戦の後は、廣川と2人でお通夜ムードだった気がする。試合直後にイヤホンつけて「贖罪」聴き始めるやつ、初めて見たよ。
春大会、秋大会、七大戦、色々なところで奇跡はあった。春大会の上智、駒澤や、秋大会の筑波とかは、今思い出しても震える。林の神がかっていたセーブは多すぎて数えきれない。入れ替え戦まで辿り着くこと自体が年明けの時点では夢物語だったし、十分奇跡だったのかもしれない。自分1人でホッケーができるわけでもないし、今年の勝ちはチームでなんとか掴んできたものだとも思う。
ただ、上で言ったことは言い訳に過ぎない。ピンチの場面で、誰かが何かを決定的に変え始めることができるなら、それは自分のはずだった。チームのために自分に一番できるのは、氷上で奇跡を見せること。そういうエゴのもとで1年間ホッケーもそれ以外もやってきた。どうしようもなく悔しかった。
主観まみれだけど、4年間の中で、一番チームっぽいなと思ったのは今年だった。後輩たちみんなが本当に身を粉にして戦ってくれたし、僕と廣川の鬼っぷりにも(ビビりながら)よくついてきてくれたね。みんなかわいい後輩たちだった。ありがとう。

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お世話になった方々へ、ありったけの感謝を述べたいと思います。
久保さん。3年のときに来てくださってから、練習は倍くらい楽しくなったし、久保さんのぬるぬるスケートを最後まで目標にしていました。仕事の合間をぬってひたすら練習に来てくださるし、誰よりも部員のことを見て考えて教えてくださって、感謝しきれません。おんぶに抱っこにならないよう、頑張ってはいたのですが、結局お世話になりきりで、頼りになる最高のコーチでした。本当の意味で思考放棄していなかったのは廣川くらいかもしれません。ありがとうございました。SJSも熱くなってきたことですし、いつかNHL鑑賞会でもやりたいです。
コーチの竹本さん、なおきさん、中村さん。今年はこれまでと違ってコーチの負担が跳ね上がっていたにも関わらず、積極的にサポートしてくださり、ありがとうございました。駒澤に負けた後、まさか泣くまいと思っていたのですが、なおきさんの涙を見てやられちゃいましたね。竹本さんや中村さんには、もう少しフォワードのいろはを教わっておくべきでした。今年のチームの一員として勝利への想いを抱いてくれて、嬉しかったです。
檀野監督。会計や部員のトラブル等、様々な事件があるなかで、僕たちが安心してアイスホッケーに打ち込めるよう支えてくださり、ありがとうございました。檀野監督の気合いを入れるためのお言葉は、いつも心に響きます。これからは、僕もOBとしてできる限り部をサポートしていきたいと思います。
牛窪さん。僕が1年の頃から頻繁に練習に乗ってくださっていたのですが、特に今年の後半は毎回来てくれて、練習がうまく回るように尽くしてくださり、ありがとうございました。東洋や法政、早稲田の選手たちと一緒に何回も練習できるチームは、そうそういないかなと思います。お金が貯まったらスティックもたくさん買いに行かせていただきます。
木村さん。こんなにも可愛げのない先輩を、よく支えてくれて、ありがとうございました。1人の先輩として慕っているのはもちろん、部活を率いることについても指標となってくれて、七大戦にも京大戦にも来たり、ちょっとした悩みに乗ってくださったり、救われることが多かったです。木村さんなくして主将としての僕は存在しません。引退して多少は丸くなっているはずなので、また一緒にホッケーしたいです。
小笠原さん、馬場さんを始めとする釧路の方々。合宿生活について、何から何まで大変お世話になりました。釧路の思い出は、ホッケーも、BBQも、宿での生活も、小笠原さんたちの行き届いたサポートのおかげです。札幌や東京まで応援に来てくださったり、数々のトラブルも笑って受け流してくださったり、頭が上がりません。ありがとうございました。
益山さん。お忙しい中、何度も氷に乗って、親身に東大のアイスホッケーを育ててくださり、本当に助かりました。益山さんと廣川と夜遅くまでホッケー談義をしたことは忘れません。不安な時期に心強いお言葉をいただき、悩み抜きながら戦ったこの1年で、人としても成長できた気がします。ありがとうございました。
OB、OGの皆様。学年が上がるにつれ、OBやOGの偉大さがどんどん見に沁みてきました。アイスホッケーというお金のかかるスポーツを、学生の身でありながらなんとか楽しむことができたのも、ひとえにOBの皆様のおかげです。ありがとうございました。東大のアイスホッケーを心から応援して、試合に見にきたり、審判をしてくださったり、BBQのためのお金をくださったり、そしてただ単純に声をかけてくださることを大変嬉しく思っていました。これからは僕もOBとして還元していきたいと思います。
応援部の方々。何回も東伏見に駆けつけて、引退試合では京都まで来て応援してくださり、ありがとうございました。応援部の生み出す熱は、これまで何度もあった接戦を勝ち抜くひと押しになったと確信しています。ただ、僕は単純に大歓声のなかでプレーできることがめちゃくちゃ楽しかったです。僕たちがきっかけでアイスホッケーを好きになってくれたという声もたくさんいただいて、とても感慨深かったです。
たつやさん。名古屋でたくさんお話しする機会があって、アイスホッケーへの考えが一層深まったと思っています。最後まで応援し続けてくれて、ありがとうございました。松井はるやのオーラを超えることができたかどうかは怪しいですが、ちょっとは成長したな、と思っていただけていたら光栄です。
アイスホッケーストリームの方。4年間かけて、たくさん素敵な写真を撮ってくださり、ありがとうございました。特に秋の筑波戦の写真はお気に入りです。フルフェイスに変えてから、映る回数が増えたような気がしています。未公開の写真をもっと持っていらしたら、いただけると大変嬉しいです。
他にも、陰ながら部を支えてくださっている潮部長、大会を運営してくださっている東ア連の横川さんを始めとする方々、リンクでお世話になった方々、いつも差し入れをくださった保護者の皆様、その他の東大アイスホッケー部を支えてくださった全ての人にお礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。
親へ。いつもアイスホッケーをやる僕を応援してくれてありがとう。これほどアイスホッケーに寛容な家は中々ないと思う。特に最後の年、色々なものを犠牲にしながら思いっきりやることができたのは2人のおかげです。ちょっとは楽しませることができたかな。僕のアイスホッケーは、2人が築き上げてくれたものです。勉強頑張ります。
後輩たちへ。特に去年1年間、助けられてばかりでした。ついてきてくれてありがとう。少しは僕や僕の同期たちのことを懐かしんでくれると嬉しいです。
ちょっと長すぎる気がしてきましたが、みんなへ軽く応援メッセージを書いておきます。
たいせい。こんなにも早く部活に馴染めるのかとびっくりした覚えがある。あれこれ口うるさく言うことが多かったと思うけど、間違いなく去年のキープレイヤーの1人だった。僕が届かなかったDの頂に到達することを期待してるね。僕と廣川の怖いところはあまり真似しすぎないように。
香取。いい後輩とは香取のことを言うのだと思う。楽しい車にしてくれてありがとう。次第にバスケとサッカーだけじゃなくて、ホッケーのことも見るようになってくれて、洗脳が成功したぞとほくそ笑んでたな。氷上での喧嘩は日本じゃダメだからね。今度会う時は髪の色もきっととんでもないのに変わってるかな。目指せ Toe drag release!
りょうたろう。冷静沈着なように見えて、意外と熱くなるところも見れたのがギャップだったな。東大のDはジャンプアップこそ正義って思っちゃうみたいなんだけど、りょうたろうはセンス抜群だと思うし、堅実なDとしてたいせいの手綱を握ってあげてほしい。#9は東大でもNHLでも偉大な番号なので、大成間違いなし。
小坂。氷上前のアップで、走るのが速すぎて砂煙を上げる姿は忘れないと思う。いかにもフォワードらしいプレーが見れそうなのでワクワクしてます。驕らずにまっすぐ伸びれば、股関節よわよわの廣川をすぐ超えれると思うので、手始めに今年の追いマッチあたりで覚醒してほしいな。
吉井。何考えているのか分からないことが多かったけど、車の中での香取との漫才みたいなやり取りは最高だった。意外とあたふたしてくれるのが面白かったね。1年間車に乗ってくれてありがとう。東大のキーパーになったからには、上手くなるしかないけど、吉井は心配いらないかな。一緒に日本の芸能人をちょっとずつ覚えてこう。
新井。1年の中で(増子を除いて)一番しっかり者だと聞いてるし、実際的を射た評価だと思う。しっかり者は苦労する運命だけど、がんば。ホッケーはめきめきと伸びている感じだし、きれいなスケーティングをもっと見せてくれることを楽しみにしてるね。夏合宿で見せてくれたダンス、また今度よろしく。
めいちゃん。破天荒な印象だったけど、みゆちゃんやりなちゃんと楽しそうにしているのを見ると、深夜の眠気が吹っ飛んだこともあったかな。悩むことも色々あると思うけど、部活への向き合い方を試行錯誤して、納得のいくやり方を見つけてね。声をリンク中に響き渡らせてください。
増子。ニヤニヤしながらホッケーを語っている姿は、もはや東大アイスホッケーに欠かせないと思う。増子のいやらしいプレースタイルをぜひ誰かに受け継がせて、2部で無双させてみてほしいな。1年間、色々と助けてくれて頼もしかったよ。追いマッチからは味方なので、一緒にプレイヤーをぶっ潰そう。
合六。怪我や持病を乗り越えて、合六独自の飄々としたホッケーを見たいね。シュート・パスフォームはまだ気になるけど、何気にホッケーIQ高いし、ぐんぐん伸びると思う。健康な体でいられるように祈ってる。上級生になっても氷上の姿がかわいいのはレアな才能だけど、「かわいいけどばけもんだな」って言われるくらい上手くなってほしい。
宮田。さわべセットの仲間として、本当によくやった。当たり前のようにこなしてたから、ぜんぜん褒めなくてごめんよ。根性あるし、スケーティングうまいし、センスあるし、4年を押しのけて今年からエースとして君臨してくれるかな。自分がやらなきゃってプレッシャーも楽しんでほしいけど、気負いすぎないでね。楽しいが正義。
増田。ウェイトで増田にボロ負けしていたのが結構モチベになっていた時期もあったんだよね。怪我と向き合って、今よりもっと強くなって、氷上で活躍してほしい。こつこつと積み上げていけばいつでも才能が爆発すると思う。お利口さんな東大アイスホッケーらしからぬ、華あるプレーを期待してるよ。
加藤。周りが体調不良やら怪我やらで倒れていく中、不屈の精神を見せてくれて、かっこよかった。そのままコツコツとやるべきことをやってっちゃってください。たまにメニュー説明が通じてるのかわからなかったのは合六と同じだけど、それもまた愛嬌かな。列の先頭はなるべく避けときな。
りなちゃん。僕よりNHLを見ている気がしていて、素直に尊敬してます。ついうっかり Hughesを応援しちゃっても誰も責めないよ。部に力を注ぐあまり体に負担がかかっちゃってることが多くて、心配だったけど、それだけ責任をもって部活をしてくれて嬉しかった。でもやっぱり体調は第一にね。
みゆちゃん。その豪快な性格で、いつも雰囲気を明るくしてくれてたと思う。でも、些細なところに気を遣ってバランスを取ってるところもあって、しごできだな、と感心することがよくあった。大好きな塚原さんが引退しちゃうのはかわいそうだけど、その代わりにいじる標的を見つけても手加減してあげてね。
鬼塚。センターとして鳥取中とか格上を相手にしてるときでも、落ち着いて対局を見れてるのが僕と正反対ですごいなと思ってた。早く腰を治して、ゴール決めて、会場を沸かせちゃってね。鬼塚の「これやばいんすよ」話を聞くのはいつも楽しかった。図書館でまた会おう。
原。一時期は顔合わすたびに「すみません」って謝られてたけど、東大の誇るノッポコンビとして頼りにしてた。急に下級生動画に激おこコメントをしまくってて、こいつ俺に似てるなと嬉しくなったこともある。飴と鞭をよく使ってね。部内マイナスランキング第2位の汚名返上、期待してるよ。たいせいがHughesで、原はMakarだし、東大の守りは安泰です。
林。ずっと頼りすぎていたなと思う。MVPをキーパーに全部あげたいほど、安心感をもって全部任せてた。僕は上級生として仕事をこなすのが雑だったけど、林は最高効率で回してくれることでしょう。点を決めないフォワードをたまには叱ってあげてね。神セーブの後のお茶目なファンサを見れるのがすごく楽しみ。
江川。かっこつけてる話をよく聞いてたけど(主にすんみんから)、まっすぐに部活を頑張って成長する姿が、勝手ながら誇らしかった。廣川が「こいつセンスあるな」って江川をぼそっと褒めることが多くて、これ中々ないことだから自信持ってスケーティング磨いていこ。部の仕事はおろそかにせず。
日高。体調と闘いながら、文句ひとつ言わずに努力してる結果が、去年の後半から実り始めている気がする。得意な粘っこい守備と同じように、攻めるときも尾畑からパックをぶんどる勢いで暴れちゃってね。もうないといいけど、脳震盪疑惑のときは大人しく病院に連れて行ってもらおう。リンクに泊まるとか言わないように。
水野。さわべセットの要として、重いものをたくさん背負わせてしまったと思うけど、よく一緒に足掻いてくれた。フォアチェックを全て任せて、足がなくなるまで走ってくれたおかげで東大の勢いができてたと思う。神大戦はやるせない思いで一杯だったね。ゴールへの飢えはめっちゃ大事だと思う。次こそは勝って。
涼。紫色がよく似合うフランクすぎる高校同期として、部活をもっと楽しくしてくれてありがとう。涼のめげない性格に救われることも多くて、たくさん迷惑をかけたけど一緒のセットでホッケーをやってくれて嬉しかった。またライブ行こうね。部のゴシップも待ってます。インスタのDM返すの遅くてごめん。
岳。最初は半信半疑のまま一緒のセットを組んでたけど、今年一番変わった人の1人だと思う。意見をちゃんと言ってくれて、ホッケーと真剣に向き合ってくれて、見直すところが多かった。せっかく97を背負ってるんだし、ポテンシャルナンバーワンとして頑張ってね。やんちゃはしないように。
あやか。いつも人当たりがいい印象だったけど、喋ってみると面白さがじわじわ出てきて、香取と吉井を交えるとセンスが爆発してた。あやかががつんと言えば、個性的な部員達もちょっとは言うことを聞くはずなので、みんなを引っ張ってあげてください。背負いすぎず周りも頼ってね。
尾畑。僕からの要求が激しくて、たくさん迷惑をかけたと思う。あまりいい先輩じゃなかった気がする。それでも慕ってくれて感無量です。特に今年1年は頼りっきりだったし、ステップアップしてくれて嬉しかった。悩むことも大事だけど、持ち味の無邪気さを発揮してぶちかましてきてくれ。さわべ家には「よく反則する子」って覚えられているので、汚名返上期待してます。

同期たち。僕の部活の根幹にはずっとみんながいました。行動は遅いけど変に真面目で、一旦話し出すと納得するまで終わらなくて、でも部活とホッケーに対して真摯に向き合って、なによりも僕と一緒に部活を走り抜いてくれてありがとう。色々ぎゃーぎゃー言ったと思うけど、大好きな同期です。最近ずっと付き合い悪くてごめん。これからも仲良くしてね。
水田。いつも僕にまっすぐ意見をぶつけてくれて、ありがとう。ベンチで喧嘩した回数は水田が一番多かった気がする。何事においても対等に見てくれて、嬉しかった。水田が「まあいけるんじゃね」って言うと、なんでもできる気がしてくるから不思議。いつか俺の弟と大食い選手権をやってみてほしい。あと水田の脳内マッピング能力、ずるいと思う。ついでに免疫力もください。
ちかい。悩みながらも部活を最後まで続けてくれてありがとう。部について分からないことがあるとき、ちかいに言えばなんとかなるという頼もしすぎる存在だった。社畜にならないように気をつけなね。大局を見失わずに危機感をもって日々過ごしていることに何度も助けられたと思う。謙虚すぎて本当か?って思うこともあるけど、頑張ることができるのも才能で、ちかいはその才能を持っているので、なにやってもきっと大丈夫。
沼田。いい感じにバランスをとってその場を収めちゃうから普段は見えないけど、理想を掲げて突き進んでいく姿が眩しかった。決めたことはやり通す姿には僕じゃ発揮できないリーダーシップがあって、僕含め助けられてた部員がたくさんいたと思う。毒舌キャラ、なんていじってるけど、おもろいのでそのままでいてね。また弾丸スーパー銭湯旅行しよう。
廣川。一緒にいるのが7年目だけど、廣川ロジックはいまだに掴み切れていない。話すと毎回自分と違う世界観にぶち当たる気がしてて、メンタル筋肉痛でいた気持ちいい。廣川の好きなスポーツの中にホッケーが無事追加されたようで嬉しいね。世界がクリアに見えてて、でも現実逃避(「ひゃくえむ。」見てみて)できずに真っ当に勝とうとしてるとこ、自分で何言おうと俺は尊敬してるよ。おじいちゃんになるまでには麻雀習得するから、老後は楽しもう。
スンミン。こいつできるなと思ったら、次の日にはたいがさんにガキだの言われてたり、ギャップが激しいねえ君は。そのままでいてね。部活の楽しくない部分が強調されているときも、スンミンは違う角度から部を支えてくれて、明るい空気感を作ってくれてたと思う。たまに(?)氷上でびびらせてごめんよ。これからは適当ホッケーめいっぱい楽しもう。
塚原。数々の爆笑を生んでくれてありがとう。真面目なミーティングでくすりとさせてくるのには困ったけど、ひたすらホッケーしまくって技術を磨くようなストイックさもあって、最後まで応援してた。さわべ家では塚原(と廣川)が大人気なので、これからも自信持ってな。防具の左右上下表裏もう間違えないでね。
しじょう。最高すぎる性格で、僕ができないことをたくさんしてくれて、ありがとう。しじょうの優しさが身に染みることが多くて、本っ当にしんどいときにたくさん救われてた。悩みがあったらこれからもしじょうに泣きつこうと思う。しじょうと話すと、人生これから壮大な冒険が始まる気がしてきて前向きになれる。ちょっとずつ殻を破っていきます。コーラの飲み過ぎ注意。
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だいぶ長すぎる気がするけど、蛇足。
趣味で書かせてもらいます。
最後の七大戦前で風邪になっているとき、スラムダンクを読んでいたら、「ダンコたる決意」という言葉が目に入った。全国3連覇中の圧倒的覇者である山王工業高校を前に、噛ませ犬でしかない主人公と湘北高校バスケ部、その監督の安西先生からかけられた一言「断固たる決意が必要なんだ!!」が由来だ。これが熱っぽい頭に無性に響いた。ハイキューじゃないのかよって自分でも思うが。
部活には罠があると思う。今年のチームで、今のメンバーでできるのはその年だけなのに、最後の1年までは、自分たちは来年もあるからと逃げることができてしまう。そして、4年になったらみんな決意を書いて、ホッケー以外のことにできるだけカタをつけて、ラストイヤーを全力で走り切ろうとするんだと思う。最後の年を頑張ればある程度は満足できてしまう。そういうものだと言われたら、まあそうなんだろう。そうであることが救いでもあると思う。久保さんの言うように、「終わりよければすべてよし」もひとつの真理だ。
僕は、最後の1年に、「ダンコたる決意」のようなものを感じれた気でいる。それは僕の4年間の中でダントツに今年のみんなが死に物狂いでやっていたかもしれないし、4年になった僕自身にようやく踏ん切りがついたからかもしれない。運のいいことに、勝った試合のほうが負けた試合よりも多かったからかもしれないし、最後の年を頑張って、満足してるだけかもしれない。3年以前のチームについてはもっと記憶が曖昧だから、どうだったか全くわからないが、「ダンコたる」ものはあまりなかった気がする。
入れ替え戦や七大戦を勝っていたら、今頃どんな追憶を書いていたんだろうと考えてしまう。3年以前で「ダンコたる決意」を持てたと感じれていたら、どうだったんだろう。後悔は特にないが、たらればを考えてしまうのは性分だ。
「ダンコたる決意」を抱いたチームは強いんじゃないかと思う。山王を前にした湘北はとんでもなく強かった。去年の僕たちは、いい線をいっていたかな。そう思えることが本当に幸せだね。
まだ現役のみんなへ。これから入部する未来の部員たちへ。どうせ目標を掲げてやるんだったら、漫画みたいな展開にしてほしい。思い出を作るためでもなく、次の大会のためでもなく、来年のためでもなく、今その瞬間の理想に夢中になってほしい。僕の味わった楽しさを超えて、さらにその先の、頂の景色を見てきてほしい。覚悟を決めたら、最高に苦しくて楽しい世界が待っているはず。
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とんでもなく長い文章となってしまいましたが、以上をもって僕の追憶とさせていただきます。本当に人に恵まれた部活生活でした。
4年間、ありがとうございました。
東京大学運動会スケート部アイスホッケー部門
令和8年度卒
2025年度主将 澤邉祐志
