決意2019 VOL.10 #3 鈴木史哉

麻布 DF#3 鈴木史哉


 

僕がアイスホッケー部に入った理由の一つは失われた感情を取り戻すためである。突拍子もないことだと思われるかもしれないが当時は本当にそう思っていた。僕はアイスホッケー部に入る前から運動会で何かスポーツに取り組もうということだけは決めていた。スポーツは見ているだけでも人々に感動を与えられるのだからスポーツをしていれば感情豊かな人間になれるのではないかと思っていたからだ。

 

 

自分のことを感情の起伏が乏しい人間だなと最初に思ったのは高校生の時だったと思う。当時僕は野球部に所属していた。顧問の先生からの厳しい指導に憤慨しているチームメイトを目にして、自分も憤慨している風にしてみている一方で、後輩を注意する時もなんとなくこうした方がいい気がすると思ってやってるだけだった。まるで鈴木史哉というキャラクターを誰かが後ろで操作してるみたいだった。

何をしてもあまり感情が湧いてこない自分にとって、怒ってる人さえ羨ましいと思ったし、喜んでいる人はなおさらだった。虹を見て感動するのも、ゴキブリを見て悲鳴をあげるのも僕にはできなかった。

高校三年生最後の夏の大会で負けた時も、これでもう高校の部活もお終いかと多少しんみりした気持ちにはなりつつも試合に関しては「あーあ負けちゃったかー」程度のものしか感じなかった。

どうしてこんななんだろう。こんな調子で良い人生を送れるのだろうか。とすら思った。

しかしそれは当然のことだった。僕には主体性がないのである。僕のやることには、「行動→結果」のプロセスしかないから、どのような結果が出ても良かったとかダメだったとか振り返ることができない。その前段階で目的や理想を思い描いてないから結果に対して感情を揺さぶられることができない。今まで部活を辞めたいと思ったことは一度も無いが、こんなことは別に褒められることでもなんでもなくて、ただ他にやりたいことがなかっただけのことだ。

 

 

何かを成し遂げたいと決めて全力で取り組む。その後にしか本物の感情なんか生まれないのだろう。毎日を全力で生きていないから全力で喜べないし、全力で悲しめない。このままでは一年後秋のリーグ戦や七大戦でどんな結果が出ようとも、チームがどんな状態になっていようとも、全力で悔しがることすらできないだろう。そんな最後にはもうしたくない。この一年は同期みんなで決めた「二部で戦えるチームにする」という目標を一番やりたいこととして掲げ全力で取り組む一年にしたい。

そのためにもつらいことから目を背けること、やるべきことから逃れようすることはもうしない。

 

今までなんとなくで誤魔化していたことが沢山あった。個人的なことでは、入部当初から度々遅刻を犯してチームをまとめようとしている上級生はじめ周囲の人々に迷惑をかけてきたこと。渋滞などを見越して1時間前に着くようにしている部員がいる中で、どうすれば解決するかという答えなんかわかっているくせに、それから目を背けて行動に移しきれない自分がいた。2年になっても3年になっても試合に出られない状況で、一つ上の学年の人数が多いからしょうがないとか、ホッケーは楽しいからそれでいいやと言い聞かせる自分がいた。そして、秋頃に来年に向けての話し合いの場が少なかったことに対しても、なんとかなるだろうと楽観視する自分がいた。

 

 

そんな弱い自分とは決別して今年一年部活に取り組み、全力でみんなと喜び合う最後を迎えたい。

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